「チュ・クオック・グー」の版間の差分

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{{特殊文字|説明=[[JIS X 0213]]、[[拡張漢字|CJK統合漢字拡張B]]、ラテン文字拡張}}
{{観点|date=2014年8月}}
{{独自研究|date=2014年8月}}
[[image:I speak vietnamese.JPG|thumb|right|上段がクオック・グー(國語)による表記で、下段はチュノムと漢字による表記である。「私はベトナム語を話します」という意味。]]
'''クオック・グー'''({{vie|v=Chữ Quốc Ngữ|hn=𡨸國語|f=h}})とは、[[ラテン文字]]を使用して[[ベトナム語]]を表記する方法。アクセント符号を併用することにより、ベトナム語の6[[声調]]を表記し分ける。「クオック・グー」とは、「[[国語]]」のベトナム語読みである。
 
[[1651年]]、[[カトリック教会]]のフランス人宣教師、[[アレクサンドル・ドゥ・ロード]]が作成した『ベトナム語-ラテン語-ポルトガル語辞典』において、ベトナム語をラテン・[[アルファベット]]で表記したものに起源をもつ。[[ベトナム]]の[[仏領インドシナ|フランス植民地化]]後、公文書などで使用されるようになったことから普及し、[[1945年]]のベトナム独立時に[[漢字]]に代わりベトナム語を表記する文字として正式に採択され現在に至る。
 
== アルファベット・声調記号 ==
使用するアルファベットは、次の29文字({{Underline|下線}}をつけた子音字は音節末に立つことができる)。
 
*'''アルファベット'''
:{{lang|vi|A Ă Â B {{Underline|C}} D Đ E Ê G H I K L {{Underline|M}} {{Underline|N}} O Ơ(O') Ô {{Underline|P}} Q R S {{Underline|T}} U Ư(U') V X Y}}
使用するアルファベットは、次の29文字である<ref>{{Cite book |和書 |last= |first= |author=田原洋樹 |authorlink= |coauthors= |year= |title=ベトナム語のしくみ |publisher=白水社 |page=233 |id= |isbn=978-4-560-06756-7 |quote= }}</ref>。F J W Zは外来語、借用語、造語でしか用いない。なお、{{Underline|下線}}をつけた子音字は音節末に立つことができる。
 
{| class="wikitable" border="1" style="text-align:center"
また、2字の組み合わせで1子音を表すものがある。以下の8種類:
|+
|-
!読み||アー||ア||アッ||ベー||セー||ゼー||デー||エー||エー||ジェー||ハッ||イー||カー||エル||エム||エン||オー||オー||アー||ペー||クー||エール||エス||テー||ウー||ウー||ヴェー||イクス||イグレッ
|-
:{{lang|vi|'''大文字'''||A &#258; ||Ă||Â ||B ||{{Underline|C}} ||D &#272; ||Đ||E ||Ê ||G ||H ||I ||K ||L ||{{Underline|M}} ||{{Underline|N}} ||O ||Ơ(O') ||Ô ||{{Underline|P}} ||Q ||R ||S ||{{Underline|T}} ||U ||Ư(U') ||V ||X ||Y}}
|-
||'''小文字'''||a||ă||â||b||{{Underline|c}}||d||đ||e||ê||g||h||i||k||l||{{Underline|m}}||{{Underline|n}}||o||ơ||ô||{{Underline|p}}||q||r||s||{{Underline|t}}||u||ư||v||x||y
|-
|}
 
また、子音は2字の組み合わせで1子音を表すものがある。以下の8種類:
:{{lang|vi|{{Underline|ch}}, gi, kh, {{Underline|ng}}, {{Underline|nh}}, ph, th, tr}}
{| class="wikitable" border="1" style="text-align:center"
|+
:{{lang!綴り|vi|{{Underline|ch}}, gi, ||gh||kh, ||{{Underline|ng}}, {{Underline|nh}}, ph, th, tr}}|ngh
|-
||読み||チャ行(末尾ではク音)||ガ行(I,E,Êの前)||カ行とハ行の中間||ガ行(末尾ではン音)||ガ行(I,E,Êの前)
|-
!綴り||nh||ph||th||tr
|-
||読み||ニャ行(末尾では母音のィン音)||ファ行||タ行||チャ行
|-
|}
 
 
*'''声調記号'''
記号なしを含め以下の6種類を母音字の上部に付記する(例:Ẫ, ở, ý, ặ)
{| class="wikitable" border="1" style="text-align:center"
|+
!番号!!声調名!!読み!![[ダイアクリティカルマーク|記号]]!![[平仄]]
|-
||1||thanh ngang||タィンガン
|(なし)
| rowspan="2" | {{Unicode|bằng}} (平)
|-
||2||{{Unicode|thanh huyền}}||タィンフイェン
|'''`''' ([[グレイヴ・アクセント|グレイヴ]])
|-
||3||{{Unicode|thanh sắc}}||タィンサッ(ク)
|'''´''' ([[アキュート・アクセント|アキュート]])
| rowspan="4" | {{Unicode|trắc}} (仄)
|-
||4||{{Unicode|thanh hỏi}}||タィンホーイ
|'''&nbsp;̉''' (フック)
|-
||5||thanh ngã||タィンガー
|'''{{lang|en|˜}}''' ([[チルダ]])
|-
||6||{{Unicode|thanh nặng}}||タィンナン
|'''&nbsp;̣''' (ドット)
|}
 
 
*'''分かち書き'''
分かち書きは、[[語]]ではなく[[音節]]ごとに行う。
 
== 歴史 ==
[[画像:L-2360-a 0008 1 t24-C-R0072.jpg|thumb|[[アレクサンドル・ドゥ・ロード]]が作成した、ベトナム語のローマ字表記の辞書。クオック・グーの原型となった。]]
[[画像:1938 Vietnamese Birth Certificate in Nôm.jpg|thumb|1938年に北圻で発行された行政文書。左にはクオック・グーと漢喃文が併記され、右にはフランス語の訳と印章がある。]]
ベトナムでは、公式な書き言葉として、20世紀に至るまで[[漢文]]が用いられてきた。また、[[漢語|漢字語彙]]以外のベトナム固有の語を表記するための文字としてである[[チュノム]]も[[13世紀]]に発明されて以降徐々に発展し、知識人の間などで長年使用されてきたが、漢字をより複雑にしたものであり習得が難しく統一した規範も整備されなかったため、[[18世紀]]の[[西山朝]]などの一時期を除き、公文書では採用されなかった。
 
[[1651年]]に、フランス人宣教師[[アレクサンドル・ドゥ・ロード]]が、現在のクオック・グーの原型となるベトナム語のローマ字表記を発明したが、主にヨーロッパ宣教師のベトナム語習得用、教会内での布教用に使用されるのが主であり、一般のベトナム人に普及することはなかった。
 
こうした状況に変化を生じさせたのが、[[19世紀]]後半以降の[[フランス]]によるベトナム[[阮朝]]の植民地化である。まず、初めにクオック・グーの普及が始まったのは[[コーチシナ|南圻]](ナムキ:ベトナム南部)からである。[[1862年]]の[[サイゴン条約]]によりフランスは[[柴棍(サイゴン:現在の[[ホーチミン市]](柴棍)など南圻一帯を領有することとなったが、領有と同時に当該地域での[[フランス語]]の公用語化、補助言語としてのクオック・グーによるベトナム語のローマ字表記化が図られた。[[1867年]]にはサイゴンにて、ベトナム初のクオック・グー紙である『嘉定報 ({{Unicode|Gia Định báo}})』が刊行されている。[[1887年]]に[[清仏戦争]]に勝利したフランスは[[仏領インドシナ]]を成立させ、阮朝の帝都・順化(現在の[[フエ]](順化)が所在する[[アンナン|安南]](中圻:チュンキ)、古都・河内([[ハノイ]](河内)が所在する東京([[トンキン]](東京/、または北圻:バッキ)を含めたベトナム全域を植民地化、保護国化した。当該地域でもフランス当局は、フランス語とクオック・グー教育の推進を図ったが、クオック・グー教育はあくまでも補助的なものであり、最終的なフランス語の公用語化を円滑に進めるため、ベトナム語のローマ字化を図ったに過ぎなかった。ベトナムの伝統・文化を軽視するフランスの教育政策には反発が強く、[[漢文]]の素養を重んずる伝統的な知識人に受け入れられるところではなく、またローマ字表記のクオック・グーは蛮夷の文字であるとの認識は一般大衆の間でも根強かったことから、[[20世紀]]初めの段階では国民文字としてベトナム人の間で認識されるまでには至らなかった。
 
[[1906年]]に、フランス当局はベトナム人植民地エリートの養生を目的として、フランス語、クオック・グー教育を柱とした「仏越学校」を設立した。しかし、クオック・グーは初等教育の3年間のみ教授され、漢文は中等教育での選択科目に留められるなど、フランス語を中心とした教育体制であることに変化はなかった。また[[科挙]]においても、漢文に加えて、クオック・グー、フランス語の課目が必修となった。
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クオック・グーは起源からしてフランスの植民地権力に近い側の知識人に由来するため、その綴りにはフランス語中心的な視点にたち、必ずしもベトナム語に適していないものもある。ベトナム語で同じ音素であっても、フランス語で書き分けるものやフランス人が聞いて違う音と判断したものは書き分ける。例として音素kは、フランス語の規範にのっとりc、k、quを使い分ける。また、音素ngも場合によってngやnghと書きわけられる。
 
またクオック・グーは中国の[[ピンイン]]や[[注音字母]]と違い、正式な文字として採用されたため、それまで多くの著作を著すのに使用されてきた[[チュノム]]表記ベトナム語や漢文を破滅に追いやったという側面もある。これも、クオック・グーはキリスト教徒や植民地権力が、ベトナムの儒教や仏教、そしてベトナムの文明を、フランス文明、キリスト教、西ヨーロッパ文明へと{{要出典範囲|置き換えるために、漢字漢文の素養を破壊する道具として利用した|date=2014年8月}}ことに起因する。
 
== 参考文献 ==
*村田雄二郎、C・ラマール編『漢字圏の近代 ことばと国家』東京大学出版会, 2005年
 
== 脚注 ==
{{reflist}}
 
== 関連項目 ==