「八色の姓」の版間の差分

→‎氏姓制から令制官僚制へ: 呼称だけ生き残る
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[[680年]](天武10)[[飛鳥浄御原令]]の選定を開始したことに見られるように、また、八色の姓の詔にも見られるように、旧来の氏族制度を改革し、新しい国家体制に即応出来る官僚制創造の政策の一環であった。
 
[[奈良時代]]から[[平安時代]]に至って、[[源氏|源]]・[[平氏|平]]・[[藤原氏|藤]]・[[橘氏|橘]]の四姓が隆盛になると、その末裔の姓はほとんどが朝臣になってしまい、姓そのものの意味がなくなっていった。ただし、実質的な意味がなくなった後にも「朝臣」の称は残り続け、八色の姓が制定されてから900年以上が過ぎて新設された[[豊臣氏]]についても「豊臣朝臣」とされている
 
==関連項目==