「みどりの会議」の版間の差分

選挙区では主に民主党を支援し、候補者によっては社民党などを支援することもあった。2003年夏に[[徳島県選挙区]]選出の[[高橋紀世子]]が入党。
 
[[2004年]]の[[第20回参議院議員通常選挙|参議院議員選挙]]に比例区に候補者10人を擁立して[[政党要件]]満たさない[[確認団体]]として約90万3775票を獲得するも、同参院選における比例区の最低議席獲得票は約107万7658票に約17万3883票足らずに当選者0となる。現職参議院議員だった代表委員の中村敦夫はみどりの会議比例名簿1位になるも落選し高橋は不出馬で両者引退、みどりの会議に所属する国会議員は皆無となった。2004年7月22日の党大会で政治団体としては解散することを決め、新たな出発について話し合う[[みどりのテーブル]]を設け、コーディネイトを環境・[[科学|サイエンス]]ライターの[[小林一朗]]に委任した。同年[[10月31日]]付けで[[総務相]]に正式に解散を届け出て、[[2005年]][[2月13日]]にみどりのテーブルの設立総会が開かれた。
 
その後[[2008年]]には、同じく環境保護政策を掲げみどりの会議とも協力していた地方議員ネットワークの「[[虹と緑]]」(「[[自治・連帯・エコロジーをめざす政治グループ・蒼生|グローカル]]」との関連が深い組織)とみどりのテーブルとの統合が決まり、同年[[11月22日]]に両組織の解散と新団体である[[みどりの未来]]の設立が行われた。みどりの未来はエコロジーの理念を掲げ、かつてのみどりの会議の流れを引き継いでいるが、参院選落選後更に2012年政界引退を表明した中村を含めてみどりの会議の運営委員みどり[[緑未来の役員党グリーンズジャパン]]はなっていない発展
 
== 役職==
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