「みどりの未来」の版間の差分

== 沿革 ==
=== 発足までの経緯 ===
1993年[[自民党]]分裂で誕生した[[保守政党]]・旧[[新党さきがけ]]を母体として、[[中村敦夫]]・[[高橋紀世子]]といった現職国会議員を有し[[環境政党]]を標榜した[[みどりの会議]]の後身として国政を志向した[[みどりのテーブル]]と、[[エコロジー]]や[[多様性]]を重視する[[地方議員]]のネットワークであった[[虹と緑]]が統合して発足した。
 
前身の一つである[[みどりのテーブル]]は、[[第21回参議院議員通常選挙|2007年の参議院議員選挙]]に候補者擁立の準備を進めていたが、その中で、当時運営委員であった[[川田龍平]]が立候補の意志と当選後に[[緑の党|みどりの政治勢力]]結集の中核になることを表明した。これを受け、[[みどりのテーブル]]は選挙後の幅広い政治勢力の結集・連携も視野に入れ、川田を東京選挙区から「無所属共同候補」として擁立することとなった。この選挙では、[[みどりのテーブル]]が実質的に選挙体制の中核を担い、[[虹と緑]]は川田を支持した。その結果、川田は当選し、[[みどりのテーブル]]と[[虹と緑]]は川田と連携しながら、本格的な[[緑の党|みどりの政治勢力]]の結集と新政治団体発足に向けて共同で準備を進めていたが、[[2008年]][[5月]]に川田はみどりの政治運動からの離脱を表明した(その後、川田は[[2009年]][[12月]]、[[みんなの党]]に入党)。この表明を受け、[[みどりのテーブル]]と[[虹と緑]]は、川田抜きによる両団体の統合の性格の強い新政治団体の結成準備を進め、[[2008年]][[11月22日]]に両団体の解散総会が神戸で開催され、引き続き行われた新政治団体の発足集会で団体名を「'''みどりの未来'''」と決定し、両団体の活動はみどりの未来へと引き継がれることとなった。
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