「恒温動物」の版間の差分

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== 概説 ==
生物における恒温性とは体温の自律的な恒常性のことを指す。[[哺乳類]]・[[鳥類]]においては、かつては固有かつ普遍の特殊形質であると思われていたこともあるほど一般的に認められる生理的性質である。このため、「恒温動物」という用語は(深い検討を欠いたまま)乳類と鳥類のこととほぼ同義的に用いられていた。しかし、生物の体温に関する様々な事実の発見が積み重なるにつれて、それは事実誤認であることが判ってきた。そのため、近年用法が変化してきたり使用頻度が減ってきている用語である。
 
関連した生物学用語として、「内温性」「外温性」「異温性」がある。
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== 恒温と変温 ==
温血動物([[:en:warm blooded|warm blooded animals]])という言葉が暗に示すように、恒温性はかつては[[哺乳類]]・[[鳥類]]に固有かつ普遍の特殊形質であると思われていた。しかし、[[哺乳類]]・[[鳥類]]以外にも様々な生物で様々なレベルの体熱産生を伴う能動的な体温調節の例が発見され、[[哺乳類]]・[[鳥類]]においても、[[ナマケモノ]]や[[カッコウ]]のように変温動物といっていい体温調節を行うものがあることが知られるようになった。「哺乳類は恒温動物」・「魚類は変温動物」のように単純に2分類することや、ある生物をさして厳密な定義なしに恒温生物か変温生物かを議論することは少なくとも科学的とは言えないものである<ref>ちなみに2008年現在、多くの一般的な百科事典では「(全ての)乳類・鳥類(のみ)が恒温動物」<!--特に「○○を引用」というわけではないようなので「哺乳類」を漢字にしました-->「それ以外の(全ての)動物は変温動物」としている。これは恒温動物(homeotherm:体温を自律的に一定範囲に保つもの)の言葉の定義からすると明白な誤りといえる。恒温動物もhomeothermも単語には動物の分類属性はなにも示されていない</ref>。
 
ある生物の体温調節能力や機構を調査することはともかくとして、生物の体温調節能力を恒温と変温に分類することは特に意味があるわけではないので、学問的に厳密な定義を提唱することは近年行われていない。つまり、変温〜内温〜恒温は連続的であり、明瞭に線引きできるものではないし、されていない。
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[[Image:wiki snake eats mouse.jpg|thumb|right|サーモグラフィー画像: ヘビがネズミを捕食]]恒温が「恒に体温を一定に保つ」ことと考えるなら、そのような動物は発見されていない。「積極的な体熱産生と放散を伴って能動的にある範囲に体温を保つ」こととするならば、'''動物では様々な分類群に分布する'''(珍しくもない)'''生理特性である。'''例えば[[ウミガメ]]、[[ネズミザメ]]類や[[マグロ]]類、[[昆虫]]類にはほぼ一定の体温を保ち、0℃の気温や、10℃の冷水の中でも活発に活動するものがある。この時の体温は[[ヒト]]や[[セイヨウオオマルハナバチ]]では40℃付近であるが、[[アカウミガメ]]で23℃付近、[[ホホジロザメ]]で26℃付近と比較的低い。つまり、アカウミガメやホホジロザメは“冷血”の“恒温動物”である。また、[[カツオ]]や[[アキアカネ]]、[[カモノハシ]]、[[カッコウ]]等の活動時体温は外水(気)温よりも5〜10℃以上高く、40℃に達することもあるが、外温や運動の有無で体温が浮動し安定しない。つまり“温血”の“変温動物”である。このことからもわかるように、よく見る'''左図のような温度分布図は、その時の体温の高低を示しているに過ぎず、恒温動物と変温動物との差を象徴的に表すものではない。温血動物という言葉が用語として不適切'''なゆえんでもある。
 
植物においても[[ザゼンソウ]]、[[ヒトデカズラ]](''Philodendron selloum'')、[[ハス]]など、花器を開花期間中一定の温度に保つものが存在する。例えば[[ザゼンソウ]]では4℃から15℃の外気温中で、肉穂花序の温度を24℃±1℃以内に保つが、これは多くの[[乳類]]や[[鳥類]]の体温日周変動幅より小さい。ただし、[[植物]]や[[昆虫]]における体温維持は[[花]]器や[[胸]]部など必要な部分および期間のみであることが多い。なお、[[鳥類]]や[[乳類]]も厳密な意味では全身の体温を保っているわけではない。[[耳介]]や[[足]]先などは大きく体温が変動する。ただし、日周変動の幅が1℃以内の体温(ヒト程度)を生涯保つような種の多くは、乳類か鳥類である。
 
ウミガメやマグロでは若齢個体は典型的な変温動物であり、成長するに従って体温調節能力が上がる。乳類や鳥類でも小型の若齢個体の体温調節機能は不完全で体温変動幅が大きいことが多く、親の庇護や温暖な環境で成長する。成体の体温も一定ではなく、休息時、活動時、[[生殖]]時、疾病時、部位などで体温が異なるのは一般的であり、場合によっては大きく異なる('''異温性''')。
 
例えば[[カモ]]や[[ツル]]などの低温地域に住む鳥類では足の体温が外気温程度まで低下することは珍しくなく、冬眠時の[[ヤマネ]]や小型[[コウモリ]]等の体温は全身において外気温に近いところまで低下する。[[ハチドリ]]や小型[[コウモリ]]では活動時の体温は40℃程度だが睡眠時は外気温程度まで低下するものがある<ref name="drop body temp">[[乳類]]では他に[[ハムスター]]、[[ヤマネ]]、[[ハツカネズミ]]などで、[[鳥類]]では[[ハト]]、[[ペンギン]]、[[:en:Ani (bird)|オオハシカッコウ類]]などで非冬眠・低気(水)温下の体温低下や体温変動幅の増大が確認されている。また、[[単孔類]]や[[カツオ]]等も含む多くの[[マグロ]]類などでは外気(水)温によって安定する体温が異なる</ref>。
 
この程度の体温制御を行う[[昆虫]]は[[ヤンマ]]や[[スズメガ]]をはじめとして数多く存在する。すなわち、[[ハチドリ]]や[[コウモリ]]が異温性の恒温動物であるとするならば、[[ヤンマ]]や[[スズメガ]]も恒温動物といえる。[[ナマケモノ]]や[[カッコウ]]に至っては外気温や運動の有無により活動時の体温は大きく変動する。ここまでくると恒温動物とは言えないであろう。ミツバチは産卵から死亡時まで体温を30℃以上に保つ。しかも、10℃以下では動けなくなり、それが一定期間以上続くと死亡する。[[セイヨウミツバチ]]は1種で熱帯から極地まで分布し、[[アイスランド]]の厳冬下でも巣外活動こそ行わないが冬眠することはない。蓄えた[[食料]]で[[産卵]]・[[育児]]さえも行う。つまり、多くの乳類や鳥類よりも恒温動物的に活動するのである。しかし、ミツバチは巣内活動時では体温を主に体外の気温(=巣内温)によっているため、恒温動物どころか内温動物にも入れないことが多い。
 
== 恒温性の意義 ==
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また、より非活動的な生物、例えば植物ではごく少数例しか発見されていない。恒温性とされるのは2007年現在世界で上記の[[ハス]]・[[ザゼンソウ]]・[[ヒトデカズラ]]の3種でしかも恒温部分は開花中の花器ないし花序のみである。内温性はより広くの種や部位で認められ、例えば多くの大型樹木は早春の萌芽期初期には周囲の雪が融解するほど体温を上昇させ、幹で数度の温度を保つ。このことにより、零度以下の気温の中で糖類の転流を促進する。これも恒温性とは見なせないが、広くとらえれば内温性とは見なせる。</br>
=== 欠点 ===
恒温といえるほどに体温を安定させるためには産熱と冷却を行わねばならない。後述するように[[体温]]を上昇させることは産熱を盛んにし体表面の断熱性を向上させればよいので比較的容易である。しかし、外気温以上に冷却することは困難である。そのためか、多くの恒温動物、特に放熱に不利な陸上生物では住環境温度よりもかなり高い体温(30-44℃)を持つのが普通である。多くの鳥類や乳類、ミツバチなど高度の体温恒常性を持つ生物では、低気温時のみならず休息や睡眠時にもさほど体温を下げられない(下げると死亡する。=[[低体温症]]を参照)。この体表から逃げる熱を補うための熱を体内で作り続ける=餌が大量に必要であり、[[食糧]]確保の面で変温動物よりもリスクが大きい。おおざっぱに言って、同程度の体重の変温動物の数十倍程度(双方最適体温の時。同体温で比べれば数倍程度)の[[代謝]]率(≒必要食料量および産熱量)であるとされている。例えば、[[コアラ]]と[[ナマケモノ]]は樹上で木の葉を摂食し、ほとんどを眠って過ごすというよく似た生態と同程度の体重を持つ哺乳類であるが、典型的な恒温動物とされる[[コアラ]]の日当たり摂食量は500g以上に達するのに対し、典型的は変温動物とされる[[ナマケモノ]]は10g程度である。</br>
このため、体温の維持が難しい寒冷地に生息する小型種を中心に休息時や[[冬眠]]・[[睡眠]]時、低気温時などでは維持設定体温を下げる、もしくは体温を維持しないという適応するものが存在する<ref name="drop body temp"/>。</br>
 
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例えば[[トラ]]では[[シベリア]]の[[亜種]]([[アムールトラ]])が最も体格が大きく、[[ジャワ]]の亜種([[ジャワトラ]])で最も小さい。[[イエスズメ]]では、[[北米]]に[[ヨーロッパ]]から移入されてから150年程度で[[フロリダ]]の集団と[[カナダ]]の集団では亜種レベルの体格差が生じたことが知られている。同一個体中でも、ウミガメやマグロ類では[[熱帯]]や[[亜熱帯]]の浅海域で成長し、大型になるに従って[[高緯度]]地域や[[深海]]域に活動範囲を広げる。例えば[[オサガメ]]の成体は[[亜寒帯]]域まで生息するが、産卵は主に[[熱帯]]域、幼体は[[亜熱帯]]域までしか認められていない。[[クジラ]]類では食料が少ないにもかかわらず温帯域や亜熱帯域まで移動して産仔を行う[[種 (分類学)|種]]が多い。亜寒帯以北で生活環を完了するネズミザメでは一腹産子数は4匹以下と少なく、体長80cm程度以上の大きな子供を産む。一方、[[比熱]]・[[熱伝導率]]が大きく放熱に有利な水中環境では大型化できる。[[クジラ]]類は[[海]]水に熱を逃がすことができるため例外的に巨大化しているが海水に浸かっていないと体温が上がりすぎて死に至るといわれる。また、大型の[[マグロ]]類を釣り上げたときは速やかに冷却しないと急速に体温が上昇するため肉が傷み(ヤケ)商品とならないことが知られている。
 
最小乳類と鳥類である[[トウキョウトガリネズミ|チビトガリネズミ]]、[[キティブタバナコウモリ]]や[[マメハチドリ]]、前述の[[スズメガ]]や[[ヤンマ]]類の体重も1.5g程度以上であり、1個体のみで体温を安定的に維持するのはこの辺が限界であろうとされている。彼らは大量の餌を採るが、その多くは体温維持にのみ使われているわけである。[[ハチドリ]]や[[コウモリ]]はあまりの小型化したため恒常的な体温維持が難しくなったため、前記のような変温的な体温制御をおそらく再獲得したのであろう。だが、その制御は不完全なため<ref>例えばマルハナバチは蜜量が多い花では低気温下でも安定した高体温で高速に採蜜するが、蜜量が少ない花では高気温時に低体温(変温)で採蜜する。また、スズメガやヤンマは激しい活動を行わない幼虫時は典型的な変温動物である。ハチドリではこのような細かい体温制御方法の変更は報告されていない</ref>か、よく似た[[ニッチ]](生態的地位)を占める[[スズメガ]]や[[ヤンマ]]に比べ分布域、種数ともに大幅に少ない。[[トガリネズミ]]は相当するニッチを占める動物が居ないためか全世界的に分布する。しかし、地上徘徊性[[食虫動物]]としては、同程度の大きさの[[オサムシ]]や[[ムカデ]]、[[カエル]]や[[トカゲ]]より繁栄しているとは言い難い。このように小型動物の[[ニッチ]]の多くは変温的体温調節のできる[[昆虫]]を始めとした[[節足動物]]、[[爬虫類]]、[[両生類]]、[[魚類]]などで占められている。
 
=== 慣性恒温性と運動による恒温性 ===
大型の魚類や爬虫類で体温変動が少ない物を「慣性恒温性」として区別することが多い。しかし、鳥類や乳類でも大型の物の方が体温が安定しているのが普通である。慣性恒温性([[:en:Gigantothermy|Gigantothermy]])とは体温調節能力がなくても(変温動物であっても)体格が大きければ、比較的安定した高い体温を保てる、という意味であり、巨大な体温が安定した生物は慣性恒温性動物(Gigantotherm)であるという意味ではない。
 
また、当初は単なるGigantothermであるとされたウミガメ類もそこから類推されるよりも体温が安定しており、低温の餌を食べても深海の低温部に潜っても体中心部の温度はほとんど変動しない。このことから、現在ではウミガメ類に体温調節能力がないとは考えられておらず、[[オサガメ]]ではその体温調節機構もかなり詳しく調査されている。[[ウミガメ]]や[[ネズミザメ]]を慣性恒温性動物として区別するのならば、その10〜100倍以上の体重を持つ[[ゾウ]]や[[クジラ]]は慣性恒温性動物として区別されねばならない。また、[[ゾウガメ]](大抵の[[ウミガメ]]より重い)、[[イリエワニ]](大抵の[[マグロ]]や[[ネズミザメ]]よりも重い)のように大型でも体温が安定しないものもある。大型[[サボテン]]類は100kg以上の生きた部分を持つものも多いが体温は安定しない。産熱部分である体格が大きいことは相対的な低温下で体温を保つ上で有利ではあるが、それだけで体温を保てるものではない(数百リットルあっても風呂の湯はすぐ冷めることを思い出して欲しい)。むしろ、体温維持能力を持たないのに大きな体格を持った場合、寒冷な季節にいったん体温が下がると回復がかえって困難である(熱容量が大きく日光浴程度では体温が上がらない→体産熱も増えない→活動を開始できない)。逆に温暖な季節ではそのような巨大な体格では放熱がうまくいかず熱死してしまう。
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つまり、温度が比較的一定した条件、もしくは寒暖が短期間で交代し熱慣性が大きければ許容体温の範囲内で収まる条件でないと熱慣性に頼った恒温性は機能しない。現実にも、変温動物では北方ほど小型化することが多く([[ベルクマンの法則|逆ベルクマンの法則]])、[[ニシキヘビ]]や[[ワニ]]のような活動的な大型の変温動物は熱帯や亜熱帯に分布しており、寒冷な地域には分布していない。つまり恒温性大型動物を慣性恒温性動物として区別する意義はほとんどないであろう。
 
現生動物で慣性恒温性を積極的に利用しているとされるものには、皮肉なことに乳類の[[ラクダ]]がある。ラクダでは飲食物が欠乏する場合、昼夜温の差が激しい砂漠において、夜は低体温を許容し、昼は高体温を許容する。このことにより、その大きな体格による熱慣性を利用して、比較的低コストで一日を通しての体温変動を少なくしているとされている([[アフリカゾウ]]も同様のことをしている可能性が指摘されている。もしそうであれば、ゾウはGigantothermと本当にいっていいかもしれない)。慣性恒温性とはいえないが積極的に大きな体格による熱慣性を利用している他の例としては、ガラパゴスの[[ウミイグアナ]]がある。[[ウミイグアナ]]は日光浴をして体温を上げた後に冷たい海中で海藻を摂食する。[[ウミイグアナ]]が同所的に生息する[[リクイグアナ]]よりも体格が大きいのはこの時に熱慣性が大きいことが有利であるからであるとの説がある。
 
静止時、つまり運動による産熱がない状態で、体温を保てるかどうかで恒温性かどうか区別することもある。マグロ類やネズミザメは生きている限り運動を続けるので、わざわざ別途の産熱機能を持つ必要がない。そして10℃水中で長時間体温(そして生命も)を保てる乳類や鳥類は少数派であるが、[[ネズミザメ]]や[[マグロ]]は保てる。つまりこれも、[[深層意識]]として「鳥類や乳類は特別優秀」という意識が働いている為にする区別であろう。
 
=== アレンの法則と表面形状 ===