「10.19」の版間の差分

さらに売店は、当時の川崎球場は施設そのものの老朽化が進んでいた上に普段から観客数が少なかったことから設置数が元々少なく、全ての売店がメインスタンドのネット裏周辺のみに集中して設けられており、外野スタンドには物販スペースが一切設けられていなかった。また売り子による巡回販売も行われていなかったため、観客は自ら売店へ足を運ぶ必要があった。そのため、1階スタンド下の売店と場外のうどん店・ラーメン店・お好み焼き店や自動販売機には場内の観客が次々と詰め掛けて長蛇の列をつくった。更に第1試合と第2試合の間のインターバルが夕食の時間とほぼ重なったため、第2試合が始まる頃にはほとんどの食べ物、飲み物が売り切れ、食事をとるのに支障が出てしまった<ref name="sano 87_" />。
 
また当時の川崎球場のトイレは全て男女共用で、実際に女性が利用できる場所はネット裏1階の実質1箇所のみであった([[が鍵が壊れた状態であった。試合後、施設やサービス面について球団や川崎市に苦情が数多く寄せられたため、翌1989年秋から川崎球場]]項目も参照)改修工事に着手することとなる
 
([[川崎球場]]の項目も参照)。
 
この日の川崎球場には「本日仰木胴上げ日」という横断幕を掲げて応援するファンもいた<ref name="number30th"/>。観客の9割近くが各地から動員された近鉄ファンなど近鉄を応援する人々であった。また、ホーム側の応援席にはロッテの勝利を願う西武ファンもいたため、本来のロッテファンが占める割合はさらに少なかったことになる。
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