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[[ファイル:Nagasakibomb.jpg|thumb|120px|[[原子爆弾]]。写真は[[長崎原爆]]のキノコ雲<br/>1945年8月9日]]
[[File:Victim of Atomic Bomb 003.jpg|thumb|right|160px|1945年8月6日に投下された[[広島原爆]]は爆発直後に爆心地にいた数万人以上の人々の命を奪った。人々は鉄やガラスも溶かす熱線により黒こげにされてしまったり、あるいは眼球が飛び出したり身体の一部がもげたり皮膚が剥がれ落ちてしまうなど地獄のような状況で苦しみながら亡くなっていった。さらに被爆が原因の障害で亡くなる人の数はその後も増え、その累計は12月の段階でも14万人前後だと推定された<ref>広島市が1976年に国連に提出した原爆被害について資料に記載された数字</ref>写真は広島原爆の被害者の一人。(1945年10月。日本赤十字病院において)]]
[[File:Chernobylreactor_1.jpg|thumb|right|200px|チェルノブイリ原子力発電所事故では数千名の人々が死亡し、周囲数十kmに立ち入ることもできなくなり、いくつかの村は完全に廃村、放棄せざるを得なくなってしまった。写真は、事故の水蒸気爆発によりすっかり破壊された発電所建屋を、事故後にコンクリートで固める処置を施したものである。その有様から、「石棺」と通称されている。]]
概説でも述べたように、テクノロジーは必ずしも人を幸福にするとは限らず、人に不幸や[[災害|災い]]をもたらすこともあるものである。
 
また、テクノロジーが作りだす兵器について言えば、第二次世界大戦中に科学者・技術者らによって開発された[[原子爆弾]]というのは、その威力が通常兵器と比べて極端に大きく、人間を無差別かつ[[大量虐殺|大量に殺戮]]する[[大量破壊兵器]]である。冷戦時代にも西側・東側の科学者・技術者たちが動員され、双方の陣営とも大量の[[核兵器]]を保有するにいたり、[[米国]]や[[ソ連]]の元首の判断次第でボタンひとつを押させ[[核戦争]]が勃発すれば、結果として人類がほぼ全滅する、と専門家らが予想するほどの状態にまでなった。そしてそれが単なる想定にとどまらず、実際に「あわや発射」という状況になる事件が何度か発生し、世界中の人々(政治家、科学者、一般人など全ての人々)は世界核戦争を、十分に起こり得ること、として意識せざるを得なくなり、日々何かしらの不安を感じざるを得なくなるなど苦しめられることになった。
 
[[File:Kiev-UkrainianNationalChernobylMuseum_15.jpg|thumb|left|200px|ウクライナ国立チェルノブイリ博物館に展示されている、事故で拡散した放射性物質の影響で[[奇形]]になった豚の子]]
[[原子力発電所]]では安全性を確保しきることができず[[原子力事故]]を何度も引き起こした。[[放射線]]により人々の生命を奪ったり、[[放射性物質]]を拡散させてしまい遠方の人々の健康にまで悪影響をもたらすことになった。
 
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