「知念かおり」の版間の差分

編集の要約なし
沖縄県[[宮古島市]](旧[[平良市]])で育ち、小学2年の時に父から囲碁の手ほどきを受ける。小学6年の時に、囲碁の勉強のために8か月間沖縄本島に住み、関西棋院で院生となる予定であったが、ホームシックから宮古島に戻った。その後中学2年で[[少年少女囲碁大会]]中学生の部ベスト32、[[全日本女流アマチュア囲碁選手権大会]]ベスト16。中学3年の時に上京し、その当時開設されたばかりの日本棋院幕張研修センターに入り院生生活を始めるが、年齢制限で退所を余儀なくされ、沖縄県出身の縁で[[茨城県]]に住む時本壱八段の内弟子になる。内弟子時代は[[剣道]]なども習った。
 
[[1993年]]入段。[[1995年]]初段で女流本因坊戦で挑戦者となるが、5番勝負で[[吉田美香]]六段に1-3で敗退。[[1997年]]三段で、再度の挑戦で吉田美香に3-1で勝ち、初タイトル獲得、その後3連覇。また1997年7月には楊嘉源九段と結婚し、妊娠中の5番勝負、椅子対局で話題になった。[[2000年]]に女流棋聖戦で[[小林泉美 (棋士)|小林泉美]]に挑戦し、2-1でタイトル獲得し、以後4連覇。同年に、平良市民栄誉賞を授与する。2005年、三段昇段後50勝の規定により四段昇段。同年末の第4回正官庄杯戦(年始は第3回)では日本チームの四番手として出場し、3人抜きを果たすが[[ゼイ廼偉|芮廼偉]]に敗れる。2007年2010年現在子どもは、娘・息子・娘の3人。
 
早打ち。愛称は「ニコちゃん」。
{{女流棋聖戦}}
}}
{{DEFAULTSORTデフォルトソート:ちねん かおり}}
[[Category:日本の囲碁棋士]]
[[Category:沖縄県出身の人物]]
匿名利用者