「大越史記全書」の版間の差分

→‎成立の過程: 陳荊和校合本がベトナム語訳された事実はありません。
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(→‎成立の過程: 陳荊和校合本がベトナム語訳された事実はありません。)
正和本、[[西山朝]][[景盛]]8年刊本([[1800年]])、[[阮朝]]の[[フエ]]国子監覆刻本([[1828年]]以降)、引田利章校訂鉛活字本([[1884年]])、東洋学文献センター校合本([[1984年]])の5種が現存する<ref name="wada"/>。
 
20世紀末までは引田本が通行本として使われていたが、1972年より[[陳荊和]]が校合本の作成に着手した<ref name="kou-pre">『校合本 大越史記全書』上、刊行の辞・まえがき</ref>。1978年8月、[[コレージュ・ド・フランス]]教授ドミエヴィル(戴密微)が所蔵する15冊の完本が最も古い版と判明する<ref name="kou-pre"/>。ドミエヴィルの完本を元にして1984-86年に東洋学文献センター校合本が出版され、新たな通行本とされなった<ref name="kawamoto"/>。後に東洋学文献センター校合本は、[[ベトナム語]]にも訳される
 
== 特徴 ==