「赤目城」の版間の差分

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{{出典の明記|date=2013年2月}}
{{日本の城郭概要表
|name = 赤目城
|pref = 愛知県
|img = File:Akame castle itikumon.JPG
|img_capt =一心寺に移築された赤目の移築
|img_width = 240px
|ar_called =横井屋敷
|location =
}}
[[File:Akame castle karabori.JPG|thumb|250px|屋敷の空堀]]
'''赤目城'''(あかめじょう)は現在の[[愛知県]][[愛西市]][[赤目町 (愛西市)|赤目町]](旧[[海部郡 (愛知県)|海部郡]][[八開村]])に存在した[[平城]]である。
 
== 歴史 ==
[[明応]]2年([[1493年]])地元の豪族で[[北条時行]]の末裔、[[横井時永]]が築城し一族を率いてこの地に移った。2代目城主、[[横井時勝]]は足利義輝の家臣に加わり、3代目城主の[[横井時延]]は[[織田信長]]の家臣に加わった。その後、4代目城主、[[横井時泰]]は[[織田信長]]・[[織田信勝]]・[[豊臣秀吉]]・[[徳川家康]]に属した。
 
2代目城主、[[横井時勝]]は[[足利義輝]]の家臣に加わり、3代目城主の[[横井時延]]は[[織田信長]]の家臣に加わった。その後、4代目城主、[[横井時泰]]は織田信長・[[織田信勝]]・[[豊臣秀吉]]・[[徳川家康]]に属した。
 
[[横井時延]]の三男、[[横井治太夫]]は[[紀州徳川家]]に属し、自ら紀州横山家を起こして分家し、[[横井時延]]の四男、五男の[[横井時朝]]、[[横井時久]]は[[関ヶ原の戦い]]により時朝は[[海西郡]][[藤ヶ瀬村]]で1200[[石 (単位)|石]]を得て藤ヶ瀬横井家を起こして分家し、時久は[[中島郡]][[祖父江町|祖父江村]]で1900[[石 (単位)|石]]を得て祖父江横井家を起こし現在に至る。
[[江戸時代]]になると横井氏は代々、[[尾張藩]]主の重臣として働き、[[給人]]として特別な待遇を受けて[[明治時代]]に至る。
 
== 所在情報 ==
=== 所在地 ===
* [[愛知県]][[愛西市]][[赤目町 (愛西市)|赤目町]]杉土居90
 
=== 交通アクセス ===
; 鉄道
* [[名古屋鉄道|名鉄]][[尾西線]][[町方駅]]より北西へ徒歩約40分
 
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
{{reflist}}
 
== 参考文献 ==
* 八開村史編纂委員会編 『八開村史 通史編』 平成12年
* 山田柾之著 史跡散策『愛知の城』 平成5年9月
 
== 外部リンク ==
* [http://www.geocities.jp/chiezoikomai/owari/akame.html ちえぞー!城行こまい 赤目城]
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