「大橋薫 (社会学者)」の版間の差分

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|birth_name =
|birth_date = [[1922年]][[4月29日]]
|birth_place = [[福島県]][[南会津郡]][[田島町 (福島県)|田島町]] <ref name=a>『大橋薫教授退任記念論文集』「大橋薫教授 年譜」</ref>
|death_date =
|death_place =
[[福島県]][[田島町 (福島県)|田島町]]出身で、[[福島県立会津高等学校|会津中学]]、[[浦和高等学校 (旧制)|浦和高校]]を経て[[1942年]](昭和17年)に東京帝大へ進む。翌年に[[学徒出陣]]し、[[石垣島]]で終戦を迎える。階級は[[大日本帝国陸軍|陸軍]][[少尉]]。
復学後東京大学文学部、同大学院で[[社会学]]を専攻し、大学院退学後[[大阪市立大学]]に講師として採用され、[[家政学部]][[准教授|助教授]]に進む。[[明治学院大学]]の社会福祉学系大学院開設に際して招聘を受け<ref>『大橋薫教授退任記念論文集』渡辺栄(明治学院教授)「大橋先生のこと」</ref>、文学部助教授、教授を経て[[1966年]](昭和41年)に社会学部教授となる。担当は社会病理学。[[大学闘争]](大学紛争)時には学部長として事態収拾に努める。研究者生活の晩年は[[聖徳大学]]設置準備委員を経て同教授。講義を行った大学、短大は[[東京大学]]、[[大阪大学]]、[[東北大学]]ほか30以上を数える。
学会では [[日本社会病理学会]]、[[家族問題研究学会|家族問題研究会]]の各会長のほか、 [[日本社会学会]]、[[日本都市学会]]、[[日本教育社会学会]]、[[日本犯罪社会学会]]、[[日本社会病理学会]]、[[自殺予防学会]]などで理事、評議員<ref>『大橋薫教授退任記念論文集』「学会活動」</ref>を、政府組織にあっては、[[総理府]]同和対策審議会、[[文部科学省|文部省]]学術審議会、[[法務省]]矯正保護審議会の各専門委員、委員を歴任。地方自治体では[[東京都]]、[[茨城県]]、[[山梨県]]、[[尼崎市]]、[[川崎市]]などで社会福祉委員会、同和対策審議会などの委員であった<ref>『大橋薫教授退任記念論文集』「社会活動」</ref>。
 
==文部省科学研究費補助金研究成果==
*『都市病理の社会学』垣内出版、1980年
*『地方中核都市の社会病理』川島書店、1982年
*『アルコール依存の社会病理』星和書店、1983年<ref group=*>大橋を含む18人の論文集で、佐久間淳(埼玉県立衛生短期大学教授)は「現実の保健福祉問題に肉薄する学際的好著」と評価している『書評 大橋薫編「アルコール依存の社会病理」』(社会学評論、掲載巻32掲載号1)。</ref>
*『家族病理の社会学』垣内出版、1983年
;共著
*『社会病理学用語辞典』学文社、1973年
*『社会病理学入門』学文社、1978年
*『アルコール依存の社会病理』星和書店、19831980年<ref group=*>大橋を含む18人の論文集で、佐久間淳(埼玉県立衛生短期大学教授)は「現実の保健福祉問題に肉薄する学際的好著」と評価している『書評 大橋薫編「アルコール依存の社会病理」』(社会学評論、掲載巻32掲載号1)。</ref>
*『アルコール依存の社会病理』星和書店、1980年
*『福祉国家にみる都市化問題』垣内出版、1984年
 
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