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選手引退後、隈丸は[[日本テニス協会]]常務理事・福岡県テニス協会名誉副会長・九州テニス協会会長など、数多くの要職を務めた。[[2003年]]2月、81歳になった隈丸は日本テニス協会によるインタビュー・シリーズ「思い出に残るあの試合」の第3回に登場し、[[アーサー・ラーセン]]を下した[[1951年]]全日本テニス選手権決勝の思い出を語った。本インタビューの紹介文に「3年ほど前に膝を痛めるまで」とあることから、80歳に近づく頃まで元気にテニスの練習を続けていた様子がうかがえる。インタビューから4年後の[[2007年]][[6月8日]]、隈丸次郎は急性[[肺炎]]のため福岡県[[筑紫野市]]内の病院で死去した。戦後の日本男子テニスとともに歩んだ85年の生涯だった。
== 参考文献 ==
* [[日本テニス協会]]発行『テニス・プレーヤーズ・ガイド』 2006年版(101・178ページを参照)
== 外部リンク ==
* [http://www.jta-tennis.or.jp/memorables/003.html 思い出に残るあの試合] (2003年、[[日本テニス協会]]によるインタビュー)
* {{Davis Cup|10003839|隈丸次郎}}
* {{ITF|m|10003839|隈丸次郎}}
== 参考文献 ==
* [[日本テニス協会]]発行『テニス・プレーヤーズ・ガイド』 2006年版(101・178ページを参照)
 
{{全日本テニス選手権男子シングルス優勝者}}
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[[Category:日本のテニス選手]]