「ジョゼ・ボヴェ」の版間の差分

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ボヴェ陣営は、立候補にあたって自らを「左派の乱立を解決する候補=左派統一候補」とみなして、2007年フランス大統領選においても[[オリヴィエ・ブザンスノ]]を擁立しているLCRに、同候補を下ろして一致してボヴェを推すことを要請するがLCR多数派は「ボヴェは『5月29日全国コレクティブ』での議論において、新自由主義に妥協的な社会党と共産党に曖昧な態度をとって自ら議論を降りた。インターネットの署名がその議論に取って代わることは出来ない」とボヴェ陣営の要請を一蹴した。しかし、LCR反主流派の一部のグループは「左翼統一候補を擁立できなかった全責任は共産党とLCRにある。この両党は自陣営さえ完全に固めることが出来ていない」として、ブザンスノではなくボヴェを支援した。結局ボヴェは、「左派乱立候補」の一人として、大統領選を闘うこととなった。
 
2月7日、フランスの最高裁にあたる破棄院は、ボヴェら農民同盟が[[オートガロンヌ]]県の試験栽培畑での遺伝子組み換えトウモロコシを実力で伐採した事件について、ボヴェに禁固4ヶ月を言い渡した(日本の高裁にあたる控訴院でも禁固4ヶ月の判決でボヴェは控訴していた)。(参考 [http://www.youtube.com/watch?v=1UfCbk9fCL4 遺伝子組み換え作物を実力で撤去するボヴェら農民同盟 動画])ボヴェが収監され「獄中大統領候補」になれば選挙キャンペーン上有利という見方もあったが、結局選挙期間中に収監されることはなかった。
 
2月1日に立候補を表明したボヴェだったが、その時点で大統領選正式立候補に必要な市町村議員の五百人分の推薦人のうち約二百人分の推薦状しか集まっておらず、その後も獲得が難航した。一時は立候補が危ぶまれたが、ボヴェ陣営は立候補受付締め切りの3月16日に504人分の推薦をもって正式に届け出た(その前日にはボヴェの選挙事務所に「推薦人獲得」の報が入る様子を逐一インターネットでライヴ中継していた)。しかし、「504人中、4、5人分は正式に認められるか分からない。ほんとうに500あるかどうかも確認できない」とボヴェは周囲を煙に巻き立候補届けが受理されるか注目されたが、結局フランスの憲法評議会は3月19日に504人分の推薦を正式に確認し立候補を認めた。この瀬戸際の「推薦人騒動」も、注目を集めるためのボヴェ一流のパフォーマンスという見方もある。