「アナトール・リトヴァク」の版間の差分

全体の訂正・加筆
(全体の訂正・加筆)
{{ActorActress|
| 芸名 = アナトール・リトヴァク<br />Anatole Litvak
| ふりがな = アナトール・リトヴァク
| 画像ファイル =Litvak, Anatole.jpg
| 画像ファ =200 Litvak, Anatole.jpg
| 画像コメントサイズ = 250px
| 画像コメント =
| 本名 = Michael Anatole Litwak
| 出生地 ={{flagicon|RUS}}[[ロシア帝国]](現・[[ウクライナ]])[[キエフ]]
| 死没出生地 = {{FRARUS1883}} [[ヌイイ=シュル=セーヌキエフ]]
| 死没地 = {{FRA}} [[ヌイイ=シュル=セーヌ]]
| 国籍 =
| 身長 =
| 没月 =12
| 没日 =15
| 職業 = [[映画監督]]
| 活動期間 = [[1930年]] - [[1970年]]
| 配偶者 = [[ミリアム・ホプキンス]] (([[1937年]] -39) [[1939年]])<br />Sophie Steur ([[1955年]] - [[1974年]])
| 著名な家族 =
| 事務所 =
| 公式サイト =
| 主な作品 =
| ヴェネツィア国際映画祭 = '''[[国際賞]]'''<br />1949年 『[[蛇の穴 (映画)|蛇の穴]]』
| その他の賞 =
| 備考 =
}}
'''アナトール・リトヴァク''' ('''Anatole Litvak''', [[1902年]][[5月10日]] - [[1974年]][[12月15日]]) は、[[ロシア帝国|ロシア]]出身の[[映画監督]]。[[ドイツ]][[フランス]][[イギリス|英国]][[アメリカ合衆国|米国アメリカ]]の映画監督で活動した[[日本]]では'''リトバーク''''''リトヴァーク'''とも表記される。
 
== 歴 ==
誕生名はMichael[[1902年]][[5月10日]]、[[ロシア帝国]] Anatole Litwak。(現[[ウクライナ]]の[[キエフ]]生まれ父親は[[ユダヤ人]]の銀行頭取の息子で、14歳の時[[サンクトペテルブルク]]に出て移り、前衛劇場で[[俳優]]としてデビューしたその後、同地の大学で哲学と演技を学び、劇団で俳優兼助手となった。
 
[[1923年、[[ソビエト]]映画に足を踏み入れ、ノルドキノ・スタジオに入り、数本の作品脚本や美術を担当後、。同時に初の[[短編"映画|短編]]『''Tatiana"で監督となっ''』を製作したが、そのに[[ドイツ映画界入り]]へと渡った
 
最初ドイツでは[[ゲオルク・ヴィルヘルム・パープスト]]監督の『喜びなき街』(([[1925)年]])の編集をした後、アレキサンダー・ボルコフの助監督をつとた。その後[[1930年本格的]][[長編映画|長編]]『''Dolly macht Karriere ''』で[[映画監督]]としてデビュー。以後、『女人禁制』(([[1931)年]])、『今宵こそは』(([[1932)年]])を発表したが、[[1933年]]に[[国家社会主義ドイツ労働者党|ナチス]]政権が誕生すると、リトヴァクは[[フランス]]へと移住。同地で『最期の戦闘機』([[1935年]])や『[[うたかたの恋 (1936年の映画)|うたかたの戀]]』([[1936年]])などを発表した
 
[[1937年]]に[[アメリカ合衆国|アメリカ]]へと渡り、[[ハリウッド]]に進出。数本の[[クライム映画|犯罪映画]]や『黄昏』([[1938年]]や『[[凡てこの世も天国も]]』([[1940年]])といったロマンス映画を発表。[[1942年]]から[[1945年]]までは『[[ザ・バトル・オブ・チャイナ]]』([[1944年]])などの[[プロパガンダ映画]]『''Why We Fight''』シリーズを[[フランク・キャプラ]]と共同で監督した。戦後、フランス政府から[[レジオンドヌール勲章|レジオン・ドヌール勲章]]が授与された。
[[ナチス]]政権樹立と共にフランスへ移り、『最期の戦闘機』(1935)、『うたかたの恋』(1936)などを発表。
 
その後もアメリカに留まり、[[アカデミー監督賞]]にノミネートされた『[[蛇の穴 (映画)|蛇の穴]]』([[1948年]])や[[イングリッド・バーグマン]]を起用した『[[追想 (1956年の映画)|追想]]』([[1956年]])などの作品を発表した。[[1960年代]]からは再び[[ヨーロッパ]]に移り、バーグマンと[[イヴ・モンタン]]を起用した『[[さよならをもう一度 (映画)|さよならをもう一度]]』([[1961年]])や『[[将軍たちの夜]]』([[1967年]])などの作品を発表した。
1937年米国映画界入り。ここでも大きく才能を開かせる。数編の犯罪映画やロマンチックな物語(『黄昏』(1938)、『[[凡てこの世も天国も]]』(1940))、戦中は[[フランク・キャプラ]]等と共同監督で米国陸軍の[[ドキュメンタリー]]を制作。
 
[[1974年]][[12月15日]]、フランスの[[ヌイイ=シュル=セーヌ]]で死去した。
戦後も才能は衰えることなく、『私は殺される』(1948)、[[アカデミー監督賞]]にもノミネートされた『蛇の穴』(1948)、『暁前の決断』(1951)、そして『追憶』(1956)などの米国での作品がある。
 
== 主な監督作品 ==
50年代の中頃以降の作品はほとんどヨーロッパで制作されたが、スリラーが多い。
* ''Dolly macht Karriere'' (1930年)
 
* 女人禁制 - ''Nie wieder Liebe'' (1931)(1931年)
このようにドイツ、フランス、英国、米国の4カ国で優れた作品を作り続けた監督は珍しい。フランスでは[[レジオンドヌール勲章|レジオン・ドヌール勲章]]を受章している。
* ''Calais-Douvres'' (1931年)
 
* ''Coeur de lilas'' (1932年)
== 主な監督作品 ==
* 今宵こそは - ''Das Lied einer Nacht'' (1932)(1932年)
* 女人禁制 - ''Nie wieder Liebe'' (1931)
* ''Tell Me Tonight'' (1932年)
* 今宵こそは - ''Das Lied einer Nacht'' (1932)
* ''La chanson d'une nuit'' (1933年)
* 最後の戦闘機 - ''L' Équipage'' (1935)
* ''Sleeping Car'' (1933年)
* [[うたかたの恋 (1936年の映画)|うたかたの戀]] - ''Mayerling'' (1936)
* ''Cette vieille canaille'' (1933年)
* [[黄昏 (1938年の映画)|黄昏]] - ''The Sisters'' (1938)
* 最後の戦闘機 - ''L' Équipage'' (1935)(1935年)
* [[凡てこの世も天国も]] - ''All This, and Heaven Too'' (1940)
* [[うたかたの恋 (1936年の映画)|うたかたの戀]] - ''Mayerling'' (1936)(1936年)
* 栄光の都 - ''City for Conquest'' (1940)
* ''The Woman I Love'' (1937年)
* 純愛の誓い - ''This Above All'' (1942)
* トヴァリッチ ''Tovarich'' (1937年)
* [[ザ・バトル・オブ・チャイナ]] - ''The Battle of China'' (1944) [[フランク・キャプラ]]と共同監督
* 犯罪博士 ''The Amazing Dr. Clitterhouse'' (1938年)
* [[私は殺される]] - ''Sorry, Wrong Number'' (1948)
* 黄昏 ''The Sisters'' (1938年)
* [[蛇の穴 (映画)|蛇の穴]] - ''The Snake Pit'' (1948)
* 戦慄のスパイ網 ''Confessions of a Nazi Spy'' (1939年)
* 想い出 - ''Un acte d'amour'' (1953)
* ''Castle on the Hudson'' (1940年)
* 愛情は深い海の如く - ''The Deep Blue Sea'' (1955)
* [[凡てこの世も天国も]] - ''All This, and Heaven Too'' (1940)(1940年)
* [[追想 (1956年の映画)|追想]] - ''Anastasia'' (1956)
* 栄光の都 - ''City for Conquest'' (1940)(1940年)
* [[マイヤーリング]] - ''Mayerling'' (1957) ※テレビ映画(1936年の『うたかたの戀』の再映画化作品)
* ''Out of the Fog'' (1941年)
* 旅 - ''The Journey'' (1959)
* ''Blues in the Night'' (1941年)
* [[さよならをもう一度 (映画)|さよならをもう一度]] - ''Goodbye Again'' (1961)
* 純愛の誓い - ''This Above All'' (1942)(1942年)
* [[将軍たちの夜]] - ''The Night of the Generals'' (1967)
* ''Prelude to War'' (1942年) ドキュメンタリー。[[フランク・キャプラ]]と共同監督
* 殺意の週末 - ''The Lady in the Car with Glasses and a Gun'' (1970)
* ''The Nazis Strike'' (1943年) 短編ドキュメンタリー。 フランク・キャプラと共同監督
* ''Divide and Conquer'' (1943年) ドキュメンタリー。 フランク・キャプラと共同監督
* ''The Battle of Russia'' (1943年) ドキュメンタリー。 フランク・キャプラと共同監督
* [[ザ・バトル・オブ・チャイナ]] - ''The Battle of China'' (1944)(1944年) ドキュメンタリー。 [[フランク・キャプラ]]と共同監督
* ''War Comes to America (1944年)
* 朝はまだ来ない ''The Long Night'' (1947年)
* [[私は殺される]] - ''Sorry, Wrong Number'' (1948)(1948年)
* [[蛇の穴 (映画)|蛇の穴]] - ''The Snake Pit'' (1948)(1948年)
* 暁前の決断 ''Decision Before Dawn'' (1951年)
* 想い出 - ''Un acte d'amour'' (1953)(1953年)
* 愛情は深い海の如く - ''The Deep Blue Sea'' (1955)(1955年)
* [[追想 (1956年の映画)|追想]] - ''Anastasia'' (1956)(1956年)
* [[マイヤーリング]] - ''Mayerling'' (1957)(1957年) ※テレビ映画(1936年の『うたかたの戀』再映画化作品)したテレビ映画
* 旅 - ''The Journey'' (1959)(1959年)
* [[さよならをもう一度 (映画)|さよならをもう一度]] - ''Goodbye Again'' (1961)(1961年)
* 真夜中へ五哩 ''Le couteau dans la plaie'' (1962年)
* [[将軍たちの夜]] - ''The Night of the Generals'' (1967)(1967年)
* 殺意の週末 - ''The Lady in the Car with Glasses and a Gun'' (1970)(1970年)
 
== 外部リンク ==
* {{allcinema name|352|アナトール・リトヴァク}}
* {{imdb name|0514822|Anatole Litvak}}
 
{{DEFAULTSORT:りとうあく あなとる}}
2,614

回編集