「オスマン・サンコン」の版間の差分

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|没年月日 = <!-- {{死亡年月日と没年齢|XXXX|XX|XX|YYYY|YY|YY}} -->
|死没地 = <!-- 省略可 -->
|職業 = <!-- 省略可 -->[[タレント、著作家]]
|所属       = [[サンコンシステムズ有限会社]]
|公職       = [[駐日ギニア大使館 大使補佐官]]
|団体       = [[特定非営利活動法人ギニア日本交流協会 顧問]]
|出身校 = [[ソルボンヌ大学]]
|配偶者 = <!-- 省略可 -->
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「熱中症という言葉も日本で初めて聞いた。ギニアにはないですね」と語る<ref>女性セブン2013年8月1日号</ref>。
 
== 最近の活動 ==
テレビの出演やCM出演はもとより、国内の行政、商工会、ロータリークラブ、ライオンズクラブ、青年会議所、学校(大学・高校・中学校) 、教育委員会、全労済、企業等々のイベント、講演会、トークショー、安全大会に出演している。又、母国にサンコン小学校を作る活動や日本の中古の医療機器を送る活動がよく知られている。
 
2011年(平成23年)3月11日(金)に発生した東日本大震災には、真っ先にゆかりのある地に出向き、炊き出しや慰問活動も行ってきている。震災の発生した3月11日はサンコンの誕生日ということもあって、ほかならぬ思い入れを抱き支援活動を行っている。毎年多くの友人を招いて開催していた盛大な誕生会を2011年から自粛している。
 
2013年12月頃から、ギニアをはじめとする西アフリカにて流行し始めたエボラ出血熱に対し、緊急物資や義捐金の調達の呼びかけを行い、母国ギニア共和国に多くの支援活動を行っている。
 
2014年11月には、エボラ熱の一刻も早い封じ込めに貢献したいと、主にクラウドファンディングを通した支援金募集、現地への支援物資の輸送を目標とした活動を行っている国際医学生連盟 日本 『Kick Ebola Out Japan』の主催による『Kick Ebola Out Japan』×サンコンさんと考える国際支援をNPO法人ギニア日本交流協会の顧問としてボランティア参加している。
 
==著書・監修書==