「アナトリア半島」の版間の差分

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==歴史==
=== 文明の発祥地 ===
[[アジア]]と[[ヨーロッパ]]を繋ぐ戦略的に重要な地点に位置するため、アナトリア半島は[[先史時代]]からいくつかの[[文明]]の発祥地となり、[[石器時代]]の[[神殿]]遺跡と言われる[[ギョベクリ・テペ]]や、[[人類]]最古の定住遺跡と言われる[[チャタル・ヒュユク]]などの、数多くの遺跡が発見されている。
 
古くは単に「アジア」と呼ばれていたが、アジアはさらに東方に広大であることがわかり、「小アジア」と区別されるようになった。アナトリアの名称は[[東ローマ]]皇帝[[コンスタンティノス7世]]の時代、[[エーゲ海]]に面した西岸地方に[[テマ制|軍管区]]を置き、「アナトリコン」([[ギリシャ語]]で日出る処の意)と名付けたことに由来する。