「ミキ・ビアシオン」の版間の差分

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*[[カルロス・サインツ]]や[[ディディエ・オリオール]]らと並んで、マシンの開発能力には長けており、ランチアがWRCを席巻した活躍は彼の存在なくして出来なかったという声が多い。現に彼とランチア時代を過ごしたオリオールはその開発能力を高く評価していた。
 
*フォード時代の彼の扱いに対して、疑問を抱くものは多かった。フォード時代に共に戦い、[[ベルギー人]]ドライバーとして初のWRCトップを快走する活躍をみせた[[ブルーノ・ティリー]]は、”なぜ、ビアシオンともあろう人がこれだけ苦しんでいるのか”という言葉を残している程である。しかし、彼が開発に携わった[[エスコート・コスワース]]はワークスチームだけに留まらず、他のプライベートチームにもその性能を認められていたことから、20年近くタイトル争いから遠ざかっていたフォード躍進の影の功労者といえるかもしれない。
 
*ランチアからフォードに移籍してきた直後の1992年にテストしたシエラ・コスワースを「人糞の積み重なり」と形容した。