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== 経歴 ==
小学三年時、父と兄の影響で野球を始める。当時はイヤイヤやっていたが、「辞めたい」と言いだせないまま続けていた<ref>{{http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20141226-00056741-toyo-bus_all}}</ref>。中学時代は高岡シニアに所属。[[中京高等学校|中京高校]]では1年夏から正[[捕手]]を任され、高校通算30[[本塁打]]。[[日本の高校野球#全国大会|甲子園]]出場は無く、同高校の同級生に[[池ノ内亮介]](2010年[[広島東洋カープ]]育成ドラフト2位)。{{by|2006年}}の[[2006年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)|高校生ドラフト]]4巡目で[[横浜DeNAベイスターズ|横浜ベイスターズ]]から指名され、[[10月14日]]に[[名古屋市]]のホテルで契約。
 
{{by|2007年}}は二軍で25[[試合#野球|試合]]に出場。高卒新人ということもあり、[[打率]]は.095と打力を発揮できなかった。
 
{{by|2008年}}、[[3月22日]]の[[横須賀スタジアム]]で行われた[[イースタン・リーグ]]開幕戦([[東北楽天ゴールデンイーグルス]]1回戦)で、7回裏に[[中堅手]][[桑原義行]]の代打で出場して右中間に[[二塁打]]を放ち、8回表に捕手登録ながら[[一塁手]]の守備についた。当年以降捕手としての出場は無く<ref>2007年度イ・リーグ公式戦に捕手として4試合(刺殺5、守備率1.000)・一塁手として2試合(刺殺2、併殺1、守備率1.000)出場しているが、捕手での試合出場は2008年度以後一度もない。また、捕手での守備練習も2009年春季キャンプに捕手として一軍へ呼ばれたとき以後は行っていない。</ref>、事実上の[[コンバート (野球)|コンバート]]となった。[[8月2日]]に[[山形県野球場|山形蔵王タカミヤホテルズスタジアム]]で行われた[[フレッシュオールスターゲーム]]に6番[[指名打者]]として先発出場し3[[打数]]無[[安打]]1[[三振]]だった。この年は二軍で89試合に出場、打率.274、チーム3位の9本塁打を放つなど打撃面で成長を見せた。しかし一塁守備では13[[失策]]を記録し、課題を見せた。また、8月29日の対ロッテ戦(ロッテ浦和)では、第2打席でホームラン、第4打席でシングルヒット、第5打席でスリーベース、第6打席でツーベースを放ち、リーグ史上5人目・4年ぶりでありイースタン史上最年少となるサイクルヒットを達成し、6打数4安打5打点で全てのヒットで打点を記録した。
 
{{by|2009年}}は二軍で打率.309、15本塁打、[[長打率]].501、[[出塁率]].376(すべてチームトップ、リーグ5位以内)の好成績を残し、112安打でイースタン・リーグ最多安打のタイトルを獲得した。[[10月3日]]の[[中日ドラゴンズ]]戦([[横浜スタジアム]])で[[三浦大輔]]の[[代打]]でプロ初出場を果たし、[[10月4日]]の[[広島東洋カープ]]戦(横浜スタジアム)でプロ初安打を記録した。
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