「手こね寿司」の版間の差分
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考案したのは、志摩町和具の漁師といわれている。
<!-- 俗説に、弘法大師がこの地へと訪れた際に伝えたとするものもある。-->
<!-- 手こね寿司は、志摩国地方が鰹漁で栄えた頃に誕生したと言われている。[[志摩半島]]にある大王町波切では鰹漁が盛んであり、[[奈良時代]]から[[神饌]]として[[鰹]]を宮中に納めるなど古くから栄えていた。「波切」の字は[[飛鳥時代]]には「魚切」と書き、魚を加工していた事が伺える。-->
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