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{{See also|ブロック経済}}
 
[[1932年]][[7月20日]]に[[フランツ・フォン・パーペン]]首相が[[プロイセン州]]の命令違反を理由に{{仮リンク|プロイセン・クーデタ|de|Preußenschlag|en|Preußenschlag}}({{lang|de|Preußenschlag}})を起こし、プロイセン州政府内の「ヴァイマル共和国派」「反ナチ派」「左翼」を根こそぎ一掃した。また、このような[[連立政権]]下における[[ヴァイマル共和政|ワイマール共和国]]への幻滅から、[[7月31日]]の[[1932年7月ドイツ国会選挙|国会選挙]]で[[国家社会主義ドイツ労働者党|ナチス]]が第一党を獲得する。シャハトのヒンデンブルク大統領に対する推薦などもあり、[[1933年]][[1月30日]]に[[ヒトラー内閣]]が成立。[[2月20日]]の{{仮リンク|1933年2月20日の秘密会談|de|Geheimtreffen vom 20. Februar 1933|label=秘密会談}}でヒトラーは[[クルップ]]社の会長[[グスタフ・クルップ]]らからなる[[ルール財閥]]から総額300万[[ライヒスマルク]]の協力を取付けた。[[2月27日]]の[[ドイツ国会議事堂放火事件]]を経て、[[3月23日]]の[[全権委任法]]でヒトラー政権が全権を掌握した(→[[ナチ党の権力掌握]])。[[アドルフ・ヒトラー|ヒトラー]]は、戦争賠償金の支払いを一方的に拒否し(→[[第一次世界大戦の賠償#賠償金支払いの停止|賠償金支払いの停止]])、有名な全国での[[アウトバーン]]建設などとは別に、外国製品の輸入禁止や、ルール工業地帯への国家投資も盛んに行った。[[1935年]]の[[ドイツ再軍備宣言]]後は、抑制されてきた[[軍需産業]]も急速に復興していき、[[1936年]]には失業問題は解決し、ルール地方も含む[[非武装地帯]]とされた[[ラインラント]]への軍事進駐([[ラインラント進駐]])を開始した。
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=== 第二次世界大戦 ===
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