「国鉄31系電車」の版間の差分

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== 廃車と現状 ==
[[ファイル:JNR-クモハ12-1.jpg|thumb|200px|right|鶴見線のクモハ12形50番台]]
本系列は、車齢が高く収容力の小さい17 m 車体であったことから、[[地方]]や[[支線]]区への転出が進み、[[仙石線]]、[[南武線]]、[[青梅線]]、[[大糸線]]、[[富山ライトレール富山港線|富山港線]]、[[福塩線]]、[[可部線]]、[[宇部線]]・[[小野田線]]などで使用されたが、[[1970年代]]前半にはほぼ姿を消している。しかし、本系列が[[営業]]用として最も遅くまで残ったのは[[首都圏 (日本)|首都圏]]であり、南武支線ではクモハ11形とクハ16形が[[1980年]]([[昭和]]55年)まで、[[鶴見線]]の大川支線ではクモハ12形が[[1996年]]([[平成]]8年)まで使用された。
 
鶴見線で使用されていたクモハ12052、12053の2両は[[1987年]](昭和62年)の[[国鉄分割民営化]]とともに[[東日本旅客鉄道]](JR東日本)に引き継がれた。これは、大川支線が分岐する[[武蔵白石駅]]の専用[[プラットホーム|ホーム]]が急カーブ上にあり、17 m 車でなければ入線不可能であったためである。JR東日本管内最後の旧型国電<!-- "日本最後"というのは間違い。2003年まで小野田線本山支線でクモハ42形が運行されていた -->として武蔵白石 - [[大川駅|大川]]間の区間運転に使用されていたが、老朽化と補給部品などの面でも限界が近づき、対応策として[[1996年]]([[平成]]8年)に武蔵白石駅の大川支線ホームの撤去工事を行ない、20 m 車の入線可能な[[線形 (路線)|線形]]とし、[[国鉄103系電車|103系]]に置換えられて営業運転から退いた。その後両車は、[[東京総合車両センター]]に保管されていたが、クモハ12053は[[2006年]](平成18年)4月2日に車籍を抹消された。
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