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欧州石炭鉄鋼共同体

サイズ変更なし, 3 年前
編集の要約なし
| style="width:50%" | 原加盟国 <sup>†</sup> || 消滅時の加盟国 <sup>††</sup>
|- style="border-bottom:1px solid #aaa"
| style="vertical-align:middle" | 拠点都市 || [[ルクセンルク (都市)|ルクリュッンブ]] <br />[[ストラスブール]] <br />[[ルクセンリュッルク (都市)|ルクンブ]]
|- style="border-bottom:1px solid #aaa"
| style="vertical-align:middle" | 公用語 || {{Hidden|[[欧州連合の言語#EUの公用語|11言語(消滅時)]]|[[デンマーク語]]<br />[[オランダ語]]<br />[[英語]]<br />[[フィンランド語]]<br />[[フランス語]]<br />[[ドイツ語]]<br />[[ギリシア語]]<br />[[イタリア語]]<br />[[ポルトガル語]]<br />[[スペイン語]]<br />[[スウェーデン語]]}}
|}
 
'''欧州石炭鉄鋼共同体'''(おうしゅうせきたんてっこうきょうどうたい、[[英語]]:European Coal and Steel Community、略称:'''ECSC''')は、[[冷戦]]期に6か国によって設立され、のちに[[欧州連合]]となっていった[[国際機関]]。欧州石炭鉄鋼共同体は[[スープラナショナリズム]]の原則に基づいて設立された最初の機関である。1950年5月9日に[[フランス外務省|フランス外相]][[ロベール・シューマン]]が提唱したもので、「[[フランス]]と[[ドイツ]]の間での戦争を二度と繰り返さない」という考え方に基づいている。その後1951年に[[パリ条約 (1951年)|パリ条約]]が調印されたことを受けて設立されることになるが、条約の調印にはフランスとドイツ(当時は[[西ドイツ]])だけでなく、[[イタリア]]とさらに[[ベルギーオランダ]]、[[オランダベルギー]]、[[ルクセンブルク]]の[[ベネルクス]]3か国も加わった。欧州石炭鉄鋼共同体の発足によりこれらの調印国の間で[[石炭]]と[[鉄鋼]]の[[共同市場]]を創設することが企図されていた。欧州石炭鉄鋼共同体は加盟国政府の代表、議会の議員、独立の立場にある司法の監督を受ける最高機関の下で運営がなされた。
 
1957年には欧州石炭鉄鋼共同体のほかに2つの似たような共同体の設立が決まり、いずれも加盟国や一部の機関を共有するものとなった。1969年には欧州石炭鉄鋼共同体の機関が[[欧州経済共同体]]のそれらに統合されたが、共同体としては独自に存続していった。ところが2002年にパリ条約が失効し、また条約が更新されなかったため、欧州石炭鉄鋼共同体の活動や資源は[[欧州共同体]]に吸収された。欧州石炭鉄鋼共同体が存続していた期間で市場の統合は達成したが、石炭・鉄鋼産業の衰退を回避することはできなかった。しかしながら、欧州石炭鉄鋼共同体は将来の[[欧州統合|欧州連合における統合]]の基盤を創りあげたといえる。
 
=== 条約 ===
欧州石炭鉄鋼共同体を設立することがうたわれた100か条にわたるパリ条約は1951年4月18日にフランス、西ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、オランダによって調印された。パリ条約により史上初のスープラナショナリズムに基づく国際機関が設立されることになり、またそもそもが石炭と鉄鋼の共同市場の設立が目的であったものが、共同体における経済の拡大、雇用の増進、市民の生活水準の向上といったことも狙いとなっていた<ref name="ENA TEC"/>。さらに共同市場は、安定と雇用を確保する一方で高水準の製品の流通を合理化するということも企図されていた。石炭の共同市場は1953年2月10日に、鉄鋼市場は同年5月1日にそれぞれ開設された<ref name="ENA TEEC"/>。欧州石炭鉄鋼共同体が発足したことをうけて、[[ルール国際機関]]はその役目を欧州石炭鉄鋼共同体に譲った<ref>[http://images.library.wisc.edu/History/EFacs/GerRecon/omg1952Jan/reference/history.omg1952jan.i0023.pdf Office of the US High Commissioner for Germany Office of Public Affairs, Public Relations Division, APO 757, US Army, January 1952] "Plans for terminating international authority for the Ruhr" , pp. 61-62 (英語、PDF形式)</ref>。
 
パリ条約の調印から6年後に、欧州石炭鉄鋼共同体の加盟国は欧州経済共同体と[[欧州原子力共同体]]の創設を取りまとめた[[ローマ条約]]に調印した。両共同体は若干の修正がなされているものの、欧州石炭鉄鋼共同体の持つ構造や理念に基づいて設立されている。パリ条約が発効から50年後に効力を失うのとは異なり、ローマ条約には期限が設定されていない。この新たな共同体はそれぞれ[[関税同盟]]と[[原子力|原子力エネルギー]]での協力体制を構築するものであったが、その後対象とする分野が急速に拡張され、欧州経済共同体が政治面での統合において最も大きな役割を持つようになったのに対して、欧州石炭鉄鋼共同体の存在感は薄くなっていった<ref name="ENA TEC"/>。