「邇摩郡」の版間の差分

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[[画像:Shimane Nima-gun.png|frame|島根県邇摩郡の位置(薄黄:後に他郡に編入された区域)]]
'''邇摩郡'''(にまぐん)は[[島根県]]([[石見国]])にあった[[郡]]。
 
== 郡域 ==
'''邇摩郡'''('''にまぐん''')は島根県に存在していた[[郡]]。人口8,682人、面積103.44km&sup2;。(2003年)
[[1879年]]([[明治]]12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、下記の区域にあたる。
 
* [[大田市]]の一部(祖式町を除く静間町、五十猛町、大屋町各町、久利町各町、川合町忍原以西)
消滅直前となる2005年[[9月30日]]の時点で、以下の2町を含んでいた。
* [[仁摩町江津市]]の一部にまちょう波積町各町
* [[温泉津邑智郡]][[川本町]](ゆつまち一部(北佐木
 
[[2005年]][[10月1日]]、2町が(旧)大田市と合併して[[大田市]]となったため消滅した。
 
== 歴史 ==
=== 古代 ===
郡名の由来は、かつてこの地域一帯に大きな沼があり「ヌマ(沼)」が転訛したという説や、[[備中国]][[下道郡]]'''迩磨'''(にま)郷より開拓者が移住したことに因むという説などがあるが、はっきりしない。
 
==== 式内社 ====
『[[延喜式]]』[[延喜式神名帳|神名帳]]に記される郡内の[[式内社]]。
{{式内社一覧/footer}}
 
=== 近現代世以降の沿革 ===
* [[明治]]初年時点で、全域が[[大森代官所]]が管轄する[[天領|幕府領]]であった。「[http://www.rekihaku.ac.jp/up-cgi/login.pl?p=param/kyud/db_param 旧高旧領取調帳データベース]」に記載されている明治初年時点での村は以下の通り<ref>「[[旧高旧領取調帳]]」は石見国分が欠けているため、[[木村礎]]の手により「天保郷帳」をもとに作成され、「日本史料選書16 旧高旧領取調帳 中国四国編」(近藤出版社、[[1978年]])に掲載されたデータが[[国立歴史民俗博物館]]によりデータベース化されている。</ref>。(46村)
*[[1889年]](明治22年)[[4月1日]] - 町村制施行に伴い、以下の村が成立。(19村)
**: 佐摩村、西田村、湯里村、温泉津村、福浦小浜村、飯原村、荻村、白坏村、三久須村、福原村、戸蔵村、忍原村、大村、湯里天河内村、井田馬路村、仁万村、宅野村、明治磯竹村、鬼村、大村、水上赤波村、五十猛今市原村、静間先市原村、久利村、松代村、行恒村、静間村、荻原村、大家本郷、新屋村(現・、北佐木村、福田村、殿村、井尻村、井田村、津淵村、大田市)村、横道村、波積本郷、波積南村、波積北村、上村、福光下村、福光林村、福光本領、吉浦村
* 明治2年[[8月2日 (旧暦)|8月2日]]([[1869年]][[9月7日]]) - '''[[大森県]]'''の管轄となる。
**大家村、八代村(現・[[川本町]])
* 明治3年[[1月9日 (旧暦)|1月9日]]([[1870年]][[2月9日]]) - '''[[浜田県]]'''の管轄となる。
**波積村(現・[[江津市]])
* 明治8年([[1875年]])(37村)
*[[1891年]](明治24年)4月1日 - 明治村が馬路村と大国村に分割された。(20村)
** 今市原村・先市原村が合併して市原村となる。
*[[1903年]](明治36年)4月1日 - 温泉津村が町制施行して温泉津町となった。(1町19村)
** 福光下村・福光林村・福光本領が合併して福光村となる。
*1903年(明治36年)11月6日 - 大森村が町制施行して大森町となった。(2町18村)
** 戸蔵村が忍原村に、赤波村が佐摩村に、殿村が福田村に、井尻村・津淵村が井田村に、横道村が福田村にそれぞれ合併。
*[[1934年]](昭和9年)4月1日 - 忍原村が久利村および[[安濃郡 (島根県)|安濃郡]]川合村に分割編入された。(2町17村)
* 明治9年([[19361876年]](昭和11年)[[541018日]] - 仁万村が町制施行して仁万町第2次府県統合により'''[[島根県]]'''の管轄となった(3町16村)
* 明治12年([[1879年]])[[1月12日]] - [[郡区町村編制法]]の島根県での施行により行政区画としての'''邇摩郡'''が発足。「安濃邇摩郡役所」が佐摩村に設置され、[[安濃郡 (島根県)|安濃郡]]とともに管轄。
*[[1941年]](昭和16年)[[8月1日]] - 大浜村が温泉津町に編入。(3町15村)
 
*[[1947年]](昭和22年)[[11月15日]] - 大家村・八代村が合併し、大代村が発足。(3町14村)
=== 町村制以降の沿革 ===
*[[1951年]](昭和26年)4月1日(3町11村)
[[画像:Shimane Nima-gun 1889.png|right|frame|1.大森村 2.水上村 3.大家村 4.井田村 5.波積村 6.福光村 7.久利村 8.大浜村 9.温泉津村 10.湯里村 11.仁万村 12.宅野村 13.明治村 14.五十猛村 15.静間村 16.福浦村 17.大屋村 18.八代村 19.忍原村(紫:大田市 桃:江津市 赤:邑智郡川本町)]]
**波積村が[[那賀郡 (島根県)|那賀郡]]都治村・黒松村と合併し、那賀郡江東村が発足、郡より離脱。
* [[明治]]22年([[1889年]])[[4月1日]] - [[町村制]]の施行により、下記の各村が発足。特記以外は全域が現・大田市。(19村)
**福浦村・福光村が合併し、福波村が発足。
** '''[[大森 (大田市)|大森村]]'''(佐摩村の大部分[字赤波を除く]が単独村制)
**大森町・水上村が合併し、大森町が発足。
** '''[[水上村 (島根県)|水上村]]''' ← 荻原村、福原村、白坏村、三久須村
*[[1954年]](昭和29年)[[1月1日]] - 静間村・久利村が安濃郡大田町・久手町・波根東村・鳥井村・長久村・川合村と合併し、大田市が発足、郡より離脱。(3町9村)
** '''[[大家村 (島根県)|大家村]]''' ← 大家本郷、北佐木村[字大口]
*1954年(昭和29年)4月1日
** '''[[井田村 (島根県)|井田村]]''' ← 荻村、井田村、福田村、大田村
**温泉津町・井田村・福波村・湯里村が合併し、温泉津町が発足。(3町6村)
** '''[[波積村]]''' ← 波積南村、波積本郷、波積北村(現・江津市)
**仁万町・宅野村・馬路村・大国村が合併し、仁摩町が発足。(3町3村)
** '''[[福光村 (島根県)|福光村]]'''(福光村の大部分[今浦を除く]が単独村制)
*1955年(昭和30年)4月1日 - 大代村が邑智郡川本町・川下村・三原村・三谷村と合併して[[邑智郡]]川本町が発足、郡より離脱。(3町2村)
** '''[[久利村]]''' ← 行恒村、松代村、久利村、市原村、佐摩村[字赤波]
*[[1956年]](昭和31年)9月30日 - 大森町・五十猛村・大屋村が大田市に編入。(2町)
** '''[[大浜村 (島根県)|大浜村]]''' ← 上村、飯原村、小浜村
*2005年(平成17年)10月1日 - 仁摩町・温泉津町が大田市と合併し、大田市が発足、郡より離脱。同日邇摩郡消滅。
** '''[[温泉津町|温泉津村]]'''(単独村制)
** '''[[湯里村]]''' ← 西田村、湯里村
** '''[[仁万町|仁万村]]'''(単独村制)
** '''[[宅野村]]'''(単独村制)
** '''[[明治村 (島根県)|明治村]]''' ← 馬路村、天河内村、大国村[枝郷小波を除く]
** '''[[五十猛村]]'''(磯竹村が単独村制)
** '''[[静間村]]'''(単独村制)
** '''[[福浦村 (島根県)|福浦村]]''' ← 吉浦村、福光村[今浦]
** '''[[大屋村 (島根県)|大屋村]]''' ← 大国村[枝郷小波]、大屋村、鬼村
** '''[[八代村 (島根県)|八代村]]''' ← 新屋村(現・大田市)、北佐木村[字大口を除く](現・川本町)
** '''[[忍原村]]'''(単独村制)
* 明治24年([[1891年]])4月1日 - 明治村が分割し、一部(馬路)に'''[[馬路村 (島根県)|馬路村]]'''が、残部(大国・天河内)に'''[[大国村 (島根県)|大国村]]'''がそれぞれ発足。(20村)
* 明治29年([[1896年]])[[8月1日]] - [[郡制]]を施行。郡役所が大森村に設置。
* 明治36年([[1903年]])
** 4月1日 - 温泉津村が町制施行して'''[[温泉津町]]'''となる。(1町19村)
** 11月6日 - 大森村が町制施行して'''[[大森 (大田市)|大森町]]'''となる。(2町18村)
* [[大正]]12年([[1923年]])4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
* 大正15年([[1926年]])[[7月1日]] - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
* [[昭和]]9年([[1934年]])4月1日 - 忍原村が分割し、一部(字戸蔵)が久利村、残部(字戸蔵を除く)が[[安濃郡 (島根県)|安濃郡]][[川合村 (島根県)|川合村]]に編入。(2町17村)
* 昭和11年([[1936年]])[[5月10日]] - 仁万村が町制施行して'''[[仁万町]]'''となる。(3町16村)
* 昭和16年([[1941年]])[[8月1日]] - 大浜村が温泉津町に編入。(3町15村)
* 昭和22年([[1947年]])
** 8月1日 - 八代村の一部(北佐木)が[[邑智郡]][[三原村 (島根県)|三原村]]に編入。
** [[11月15日]] - 大家村・八代村が合併して'''[[大代村]]'''が発足。(3町14村)
* 昭和26年([[1951年]])4月1日(3町11村)
** 波積村が[[那賀郡 (島根県)|那賀郡]][[都治村]]・[[黒松村]]と合併して那賀郡[[江東村]]が発足。
** 福光村・福浦村が合併して'''[[福波村]]'''が発足。
** 大森町・水上村が合併し、改めて'''大森町'''が発足。
* 昭和29年([[1954年]])
** [[1月1日]] - 静間村・久利村が安濃郡[[大田町 (島根県)|大田町]]・[[長久村]]・[[鳥井村]]・[[久手町]]・[[波根東村]]・川合村と合併して'''[[大田市]]'''が発足し、郡より離脱。(3町9村)
** 4月1日(3町3村)
*** 仁万町・宅野村・大国村・馬路村が合併して'''[[仁摩町]]'''が発足。
*** 温泉津町・井田村・福波村・湯里村が合併し、改めて'''温泉津町'''が発足。
* 昭和30年([[1955年]])4月1日 - 大代村が[[邑智郡]]川本町・[[川下村 (島根県)|川下村]]・三原村・[[三谷村 (島根県)|三谷村]]と合併し、改めて邑智郡[[川本町]]が発足。(3町2村)
* 昭和31年([[1956年]])[[9月30日]] - 大森町・五十猛村・大屋村が大田市に編入。(2町)
* [[平成]]17年([[2005年]])[[10月1日]] - 温泉津町・仁摩町が大田市と合併し、改めて'''大田市'''が発足、郡より離脱。同日邇摩郡消滅。
 
=== 変遷表 ===
{{hidden begin
|title = 自治体の変遷
|titlestyle = background:lightgrey;
}}
{| class="wikitable" style="font-size:x-small"
!明治22年4月1日
| 江津市
|}
{{hidden end}}
 
==由来 脚注 ==
{{Reflist}}
かつてこの地域一帯に大きな沼があり「ヌマ(沼)」が転訛したという説や、[[備中国]][[下道郡]]'''迩磨'''(にま)郷より開拓者が移住したことに因むという説などがあるが、はっきりしない。
 
==関連項目 参考文献 ==
* [[角川日本地名大辞典]] 32 島根県
*[[消滅した郡の一覧]]
* [http://www.rekihaku.ac.jp/up-cgi/login.pl?p=param/kyud/db_param 旧高旧領取調帳データベース]
 
== 関連項目 ==
----
* [[消滅した郡の一覧]]
{{石見国の郡}}
 
{{石見国の郡}}
[[Category:島根県の郡 (消滅)|にまくん]]
{{デフォルトソート:にまくん}}
[[Category:邇摩郡|*]]
[[Category:石見国|郡にま]]
[[Category:島根県の郡 (消滅)]]
[[Category:大田市の歴史]]
[[Category:江津市の歴史]]
[[Category:川本町]]