「峰翁祖一」の版間の差分

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== 経歴 ==
*24歳で出家して、[[下野国]][[那須郡|那須]][[雲巌寺]]の[[高峰顕日]]([[後嵯峨天皇]]の皇子)と[[南浦紹明]]の両者に、後に[[大徳寺]]を開山した[[宗峰妙超]]と伴に参禅する。
*[[永仁]]年間、当時[[筑前国]][[大宰府]]あっ南浦紹明(大応国師)を訪ね、[[博多]]の[[崇福寺 (福岡市)|崇福寺]]に南浦紹明(大応国師)を訪ね、印加を受ける。南浦紹明の高足で宗峰禅師の同門であるが宗峰からも学んだ。
*[[嘉元]]2年 南浦に随つて上京した。その後同門宗峰は紫野に大徳寺を創立したので、これを訪ねて碧巌録を研修した。
*[[建武]]年間に[[美濃国]][[遠山荘]][[地頭]]の[[遠山氏]]が礼を尽くして迎え[[大圓寺 (恵那市)|大圓寺]](現・[[岐阜県]][[恵那市]][[岩村町]])を開創して初祖となる。