「バルト帝国」の版間の差分

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== 前史 ==
スウェーデンのバルト帝国の基礎となったのは、[[8世紀]]に始まった[[ヴァイキング]]に遡る。[[9世紀]]から[[10世紀]]にかけて支配した、[[エストニア]]と[[クールラント]]が始まりとされるが、いずれもスウェーデンの統一以前で歴史的確証がある訳ではない。その後、統一を果たしたスウェーデンは、[[フィンランド]]に野心を持ち、[[13世紀]]には、ほぼフィンランド全土を自国領に組み込む事に成功した([[スウェーデン=フィンランド]])。この侵略に正当性を持たせる為、スウェーデンは「[[北方十字軍]]」と称しフィンランドを[[カトリック教会|カトリック]]化させたのである<ref>武田,物語 北欧の歴史、P19 - P20、P147 - P148、百瀬、P56 - p57、P87 - p90年表P28。</ref>。その後スウェーデンは王家が断絶し、[[カルマル同盟]]([[1397年]])に組み込まれた。しかし[[1523年]]に[[ヴァーサ王朝|ヴァーサ朝]]の元で独立。その後[[1558年]]に始まった[[リヴォニア戦争]]で得た[[エストニア公国|エストニア]]を足掛かりにバルト帝国を築いて行くのである。また、この頃台頭した「[[ゴート起源説]]」もスウェーデンの大国主義を正当化する事となった。[[1581年]]の[[フィンランド大公]]の[[君主号]]創設もその一環であった。
 
== バルト帝国の建国 ==