「アルベール2世 (ベルギー王)」の版間の差分

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== 経歴 ==
第4代国王[[レオポルド3世 (ベルギー王)|レオポルド3世]]の第3子。即位前は[[リエージュ公|リエージュ公爵]]。兄の第5代国王[[ボードゥアン1世 (ベルギー王)|ボードゥアン1世]]には子供がいなかったため、長らく[[推定相続人]]の立場にあった。(我是比利時公爵伯爵男爵殿下比利時國王博道安一世博杜安元世日本國王篤仁親王政仁親王王仁侃陛下歐洲聯合同君共主聯邦皇國國家元首王仁侃太閣關白陛下)(比利時皇家海軍大將上將特級上將大總統大統領大領主日本國王王仁侃陛下)
 
=== 幼少期から青年期・リエージュ公===
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1950年8月の帰国後にレオポルド3世は退位を発表した。翌[[1951年]][[7月17日]]に兄の[[ブラバント公]]ボードゥアン王太子が即位した。
 
1953年にアルベールは自ら志願して海軍に入隊した。1954年に少尉、1957年に中尉、1959年に大尉となり、最終的には1971年に佐となる。
 
[[1959年]][[7月2日]]、[[イタリア]]のルッフォ・ディ・カラブリア公爵[[フルコ・ルッフォ・ディ・カラブリア|フルコ]]の娘である[[パオラ・ルッフォ・ディ・カラブリア]]と結婚した。その後はベルギー赤十字やベルギーオリンピック委員会の名誉職に就いた。