「無産政党」の版間の差分

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日本の敗戦後、旧社会大衆党などを始めとする、戦前の無産政党の流れが合同して[[日本社会党]]が結党された。戦後の政党については、社会主義や無産階級のための党派であっても、「無産政党」の用語は使わないのが普通である。なお、日本共産党も、合法政党として再建された。
 
社会党は、戦後[[1955年]][[社会党再統一]]以降、長らの時期を野党第一党としての地位を占め、[[1958年]]の[[第28回衆議院議員総選挙]]では166議席(定数467)を占め獲得した。しかし、二度の例外を除き、与党となして首相を輩出したのは[[片山哲]]([[1947年]]〜[[1948年]])、[[村山富市]]([[1994年]]〜[[1996年]])の2人に留ま政権、[[社会民主党]]へ座を占めること改称後できなかっ小政党に転落した。
 
[[2015年]]1月現在、無産政党といえる議席は、共産党を含めても衆議院23議席(社民2、共産21)21、社民2)、[[参議院]]15議席(社民3、共産11、社民3、[[沖縄社会大衆党]]1)に過ぎず、戦前より後退している。
 
==参考文献==
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