「稲村利幸」の版間の差分

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'''稲村 利幸'''(いなむら としゆき、[[1935年]][[10月29日]] - )は、[[日本]]の[[政治家]]。元[[自由民主党 (日本)|自由民主党]][[衆議院議員]](8期)。
 
== 経歴 ==
* [[1935年]] [[栃木県]][[足利市]]出身。
* [[1954年]] [[栃木県立足利高等学校]]卒業。
* [[1958年]] [[学習院大学]][[政治経済学部]]卒業。[[早稲田大学]]政治経済学部に[[学士入学]]。
* [[1961年]] [[早稲田大学]]政治経済学部卒業。
** 高校時代から[[政治家]]を志し、旧栃木2区選出の自由民主党衆議院議員[[小平久雄]]の事務所などに出入りする。
** 家族・親族に政治家はいないが、伯父二人が地元の企業経営者で、地域のリーダー格であった。うち一人の伯父は足利商工会議所会頭も務めていた。政治活動開始当初これらの親戚から資金援助を受けていた。
** 政界に人脈を広げるために[[早稲田大学雄弁会|雄弁会]]に入会しようと考え、早稲田大学に学士入学した。
** 早大在学中、[[三木武夫]]の[[秘書]]として活動。
* 大学卒業後、小平の[[秘書]]となる。
* [[1965年]] 小平が[[労働大臣]]に就任。労働大臣秘書官となる。
 
 
== 巨額脱税事件 ==
* [[1987年]]6月頃から、仕手筋集団「光進」による[[国際航業]]株買い占め、乗っ取り攻防が発生([[光進事件]])。当時の[[金融緩和]]政策を背景に、国際航業元役員らの株価急騰に便乗した株売買、不正融資、売却益の脱税が行われる。当時[[環境大臣|環境庁長官]]だった稲村も仕手戦に参入。長官室や公用車の電話を使い、年間三百数十回もの株式投資、株売買を繰り返す。「光進」は一時国際航業の経営権を握る。稲村は「光進」から仕手情報を入手し、値上がり確実な状況で国際航業株を「光進」と相対取引、[[税金]]の還付請求も行い、総額約28億円の利益を得た。
* [[1990年]] 株取引で得た利益約28億円の所得を隠し、17億円を[[脱税]]した容疑で[[特別捜査部#東京地方検察庁]][[特別捜査部|東京地検特捜部]]の取調べを受ける。
* 1990年12月 在宅のまま[[起訴]]される。
* [[1991年]]1月 議員辞職。
* [[1997年]]7月4日 [[最高裁判所 (日本)|最高裁判所]]の[[上告|上告審]][[懲役]]3年、[[罰金]]3億円の有罪が確定。
* 現在 既に刑期を終え出所している。政界には関わっていない。
 
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