「たらこ」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
K~jawiki (会話 | 投稿記録)
K~jawiki (会話 | 投稿記録)
m編集の要約なし
35行目:
 
== 歴史 ==
[[遠藤元閑]]の『茶湯献立指南』 (1696年)、に「鱈の子は北国より出る名物也」とあるように、少なくとも江戸時代前期にはすでに食されていた。<ref name="endo">[http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/wo09/wo09_00624/wo09_00624_0004/wo09_00624_0004_p0014.jpg 遠藤元閑 編 (1696), 『茶湯献立指南』 第4巻]</ref>。[[明治36年]]([[1903年]])頃、北海道で不振であったマダラにかわってスケトウダラの漁が発展したことから卵の加工が始まり、その影響でたらこが普及し、その後に日本全土に広まったと言われている{{要出典|date=2015年1月}}。[[1905年]]に東京で出版された[[奥村繁次郎]]の料理本には、「冬季より二三月頃へかけて、何処の塩魚店の店頭にも並んで」おり、多くの人は酢をかけて食していたことが記されている<ref name="okumura">[http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/849006/63?viewMode= 奥村繁次郎 (1905), 『家庭和洋料理法』, 大学館, 103頁.]</ref>。
 
現在日本では[[北海道]][[白老町]]の[[虎杖浜]]が一番有名な産地となっている。
42行目:
 
== 名称 ==
タラの卵(子)であることから。古くは「鱈の子(たらのこ)」と呼ばれていた<ref>[http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/wo09/wo09_00624/wo09_00624_0004/wo09_00624_0004_p0014.jpg 遠藤元閑 編 (1696), 『茶湯献立指南』name="endo" 第4巻]には「鱈の子は北国より出る名物也」とある。</ref>。「鱈子」と書いて「たらのこ」とも「たらこ」とも読めるため、いつごろから「たらこ」と呼ばれ始めたか判然としないが、はっきりカナで書かれたものとして、[[日本国語大辞典|日国]]は[[開高健]]の『青い日曜日』(1965-67年)を文献初出として挙げている。
 
北信越地方や北海道では、「紅葉子(もみじこ)」との別称がある。