「キッコーマン」の版間の差分

* キッコーマン野田工場は工場見学が出来る。工場では現在の醤油作りの様子が見学できたり、醤油作りに使われていた道具を見ることが出来る。<!--又、工場の中には醤油の[[プレート]]があり触れることが出来る。しかしこのプレートは持って帰ることは禁じられている。-->
* [[山陽電気鉄道本線]]の[[荒井駅]] - [[伊保駅]]間には「キッコーマン踏切」があり、キッコーマン高砂工場は踏切のすぐそばにある。
* 野田市の本社近くには、従業員向けの養生所を由来とする直営[[医療機関]]、[[キッコーマン総合病院]]がある。同病院で勤務する院長以下職員はキッコーマンの社員という扱いになる<!-- [[企業立病院]]の項参照 -->。企業立病院であるが、野田市には公立病院は無く、国立病院や大学病院はまして存在せず、[[キッコーマン総合病院]]が事実上の市民総合病院としての役割を果たしている。2012年に建物が立て替えられ病床数129床になった(日経ヘルスケア2012年11月号76ページ)
 
* [[1985年]](昭和60年)、農林水産省果樹試験場とキッコーマンの共同研究で[[オレンジ]]と[[カラタチ]]を融合した世界初のバイオ果実「オレタチ」という果実が誕生した。現在は食用には至ってないが、もの知りしょうゆ館の中庭に植えられている。
*水道事業 1923年に野田醤油(キッコーマンの前の社名)は千葉県内で初めて水道事業を開始した。1921年4月に作られた給水施設「第一給水所」及び1921年8月に作られた第二給水所は井戸水をくみ上げて野田町内十数か所の自社工場や自社の防火用水に給水し、また1923年には工場群一帯の民家にも給水した。この野田醤油から工場近郊住民への水道供給は無料で行われ、また町内には消火栓115か所も設けられた。工場外への給水は給水人口2000人分だったという。1975年に民家への給水は市へ移管したが、自社施設への水道供給は継続している。給水所は2007年に経済産業省の近代化産業遺産に指定されている。当初作られた水道施設の中で高さ22m円筒形の給水塔は老朽化のために使用されなくなり、同社でも歴史的建造物なので耐震補強工事を検討したが、結局は解体されることになった。近代化産業遺産指定は塔だけでなく給水所全体であり、高さ22mの塔の解体は仕方ないとされた。塔は2010年に解体されている。(2009年10月8日東京新聞およびhttp://blog.goo.ne.jp/ryuw-1/e/f738286c9a54e761a79744488c4360bd、「千葉県の歴史」別編民俗2千葉県発行302ページを参照)
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