「幼児虐殺」の版間の差分

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キリスト教では伝統的にこの幼児たちをイエスのために命を落とした最初の[[殉教者]]([[致命者]])であるとみなしてきた。伝統的教会では彼らを[[聖人]]とし、[[カトリック教会]]では「幼子殉教者」(おさなごじゅんきょうしゃ)、[[正教会]]に属する[[日本ハリストス正教会]]では「聖嬰児」(せいえいじ)と呼ぶ。カトリックでの記念日は[[12月28日]]、正教会での記憶日は[[12月29日]]。
 
マタイ福音書によれば、ヘロデ大王は星を見て救い主の誕生を知り、拝もうとやってきた[[東方の三博士]]たちから「新しい王」の話を聞いた。王は自分の地位を脅かされることを恐れ、いっそ殺してしまおうと考えた。そこでベツレヘムで2歳以下のすべての男子を殺害するよう命じ、実行させた。これは[[エレミヤ書]]31章15節にある「ラマで声が聞こえる。すすり泣きとうめき声が……」という預言の成就であるとマタイ福音書は書く。イエスの両親[[ナザレのヨセフ|ヨセフ]]と[[イエスの母マリア|マリア]]はお告げでこの危機を知り、[[エジプト]]に逃れたためイエスの殺害を免れた。
 
==批判的見解==