「山本七平」の版間の差分

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山本は、『[[現人神]]の創作者たち』のあとがきで、「もの心がついて以来、内心においても、また外面的にも、常に『現人神』を意識し、これと対決せざるを得なかった」と語っている。山本は、クリスチャンであるだけでなく、父親の親族に[[大逆事件]]で処刑された[[大石誠之助]]をもっていた。これらのことが、山本の[[日本社会]]・日本文化・日本人に対する思考の原点であるといえよう。
 
特に、日本人のかつての教養であった中国古典に関する論考には独特なものがあり、『論語の読み方』『「孫子」の読み方』『帝王学―「貞観政要」の読み方』など、多数の論考がある。山本によれば、これらの漢籍に対する研究は、[[内村鑑三]]ら、戦前のキリスト教徒が「キリスト教徒なら孟子を読むべきだ」と主張していたこと、山本の父が内村の雑誌を読んでいたことに起因しているといっている<ref>『論語の読み方』の冒頭の文章より</ref>。特に『「孫子」の読み方』には、旧日本軍の将校時代に感じた「余りにも非論理的な精神力万能主義の為に旧日本軍が負けた」という考察から、[[精神論]]を廃した「[[孫子]]」を再度捉え直そうという姿勢が見られるという<ref>文庫版『「孫子」の読み方』(日経ビジネス人文庫)所収の守屋淳による解説。守屋によれば、この書物の孫子の解釈は、元軍人として東南アジアで幾度も死線をくぐり抜けた山本の体験が如実に反映されたものとして、戦争を体験していない学者に比して貴重なものであるという。</ref>。
 
その山本が、最も力を入れて執筆した作品が、『現人神の創作者たち』と『[[洪思翊]]中将の処刑』である。{{要出典範囲|date=2014年7月27日 (日) 16:23 (UTC)|前者は、「そんなに打ち込んでは命がもたないよ」と言われながら執筆されたものであり、後者は、「一番書きたいものを書いてくれ」と請われて執筆したものであった}}。