「馮習」の版間の差分

編集の要約なし
(36.10.168.244 (会話) による ID:55368410 の版を取り消し rvv)
'''馮 習'''(ふう しゅう、? - [[222年]])は、[[中国]][[後漢]]末期から[[三国時代 (中国)|三国時代]]の人で、[[蜀漢]]にかけて[[武将]]人物。[[字]]は'''休元'''。[[荊州]]南郡の人。
 
入蜀時、[[劉備]]と共に[[益州]]へ侵攻した。
 
その後、[[221年]]の[[夷陵の戦い]]では、劉備から領軍将軍に任命され諸軍を指揮した。馮習は[[呉班]]とともに、[[呉 (三国)|呉]]の[[李異]]・[[劉阿]]らを打ち破った。222年翌年に[[陸遜]]の反撃を受けて軍大敗し、自身も乱戦の中で[[潘璋]]の部下に斬られた<!--。
 
夷陵の戦い以前の特筆が少なく、蜀の古参に比べてそこまで武勲が大きいとも思えない馮習が、この戦いで一軍を任された理由は不明である-->。
匿名利用者