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m 在日朝鮮人→朝鮮人(当時は大韓民国・朝鮮民主主義人民共和国成立以前なので、朝鮮に本籍があっても国籍は日本人である)
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[[File:Niigata Nippo attack.JPG|thumb|250px|新潟日報社襲撃事件]]
'''新潟日報社襲撃事件'''(にいがたにっぽうしゃしゅうげきじけん)とは、[[1946年]]([[昭和]]21年)[[9月29日]]に[[新潟県]][[新潟市]]で発生した[[朝鮮民族|朝鮮人]]16名による暴力事件。
 
== 事件の発端 ==
1946年9月23日付の[[新潟日報]][[夕刊]]は、「'''MPも出動、坂町で深夜の乱闘'''」と題して、[[朝鮮人]]や[[在日中国人]]が新潟県[[岩船郡]][[保内村 (新潟県岩船郡)|保内村]](現・[[村上市]])内で起こした[[坂町事件]]の記事を掲載した。[[読売新聞]]も事件を報じた。
 
== 事件の概要 ==
1946年9月26日、[[在日本朝鮮人連盟]]などの朝鮮人16人が[[新潟日報社]]を訪れ、新潟日報社と[[読売新聞社]]の両社に対して、「坂町事件の[[報道]]に誤りがあると認め、ラジオ放送を通じて新潟県民に誤報であったという声明を出せ」と要求した。両社は「即答はできない」として、29日まで猶予してもらうことになった。
 
その後読売新聞社は、[[9月28日]]になって譲歩し、誤報を認め謝罪記事を掲載することで話がついた。
 
[[9月29日]]、朝鮮人16人が再度新潟日報社を訪れ、新潟日報社側の返答をせまった。新潟日報社は「[[日本の警察|警察]]の調査結果をまって善処する」と答え、彼等の要求を拒んだため、朝鮮人側は憤慨し、茶碗を投げつけたのを合図に一斉に暴れだし、社内の備品を破壊した。
 
[[新潟警察署]]は、朝鮮人らを[[暴力行為等処罰ニ関スル法律]]違反で[[逮捕]]した。
 
== その後の顛末 ==
最終的に9人が[[起訴]]され、[[裁判]]の結果、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反と[[信用毀損罪・業務妨害罪|業務妨害罪]]で有罪の[[判決 (日本法)|判決]]が下った。
 
== 参考文献 ==