「ニコラ・ド・クレシー」の版間の差分

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さらに『天空のビバンドム』第1巻や、[[アングレーム]]で出会った[[シルヴァン・ショメ]]と組み『ア・シュイーヴル』(''À Suivre'')に連載した『レオン・ラ・カム』シリーズ などを手がけ、『レオン・ラ・カム』第2巻は[[1998年]]の[[アングレーム国際漫画祭|アングレーム国際バンドデシネ・フェスティバル]]で[[アングレーム国際漫画祭 最優秀作品賞|最優秀アルバム賞]](l'Alph-Art du Meilleur Album)に輝くこととなる。同じ頃、『老婦人とハト』(''La Vieille Dame et les Pigeons''、[[1998年]])も制作している。[[2003年]]にはショメのアニメーション映画『[[ベルヴィル・ランデブー]]』(''Les Triplettes de Belleville'')の公開に伴って論争が起こった。クレシーの作品を模倣したと、アニメーションの専門家たちが批判したのである<ref>クレシーによれば、自身によるラフスケッチを勝手に使われたが、版権上の立場が弱くて何もできなかったという。「私の人生で唯一の辛い経験」と語っている(「ニコラ・ド・クレシー インタビュー」『季刊エス』2005年4月号、飛鳥新社)。</ref>。
 
クレシーはバンド・デシネにおいて、素晴らしい絵画の技法と複雑かつ皮肉のこもったシナリオ技法を用いて、様々な道を探究してきた。直截的な色遣いで1ページごとに作画方法を変えた『天空のビバンドム』、ラフなタッチでテンポよく仕上げたモノクロ作品『ムッシュ・フルーツ』、セリフを用いずに描いた『プロソポピュス』などである。また[[ルーヴル美術館]]とフュチュロポリスが共同編集した『氷河期』は数々の賞を獲得した。[[2006年]]には日仏共同による『JAPON』(飛鳥新社)に、日本滞在の体験を描いた20ページのモノクロ作品『新しき神々』(''Le Nouveaux Dieux'')を寄稿。[[2007年]]の始めにはこれを大幅に加筆した『あるおばけの日記』が出版された。2014年には漫画誌『[[ウルトラジャンプ]]』にて、書き下ろし作品『プロレス狂想曲』を連載する。ニコラ・ド・クレシーは、彼の属する世代の中で最も優れた作家の一人であると認識されている。
 
他に、クレシーはヴィラ九条山レジデンス([[京都]])2008年度招聘アーティストの一人でもある。