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{{See Wiktionary|軍用の戦闘服}}
[[画像:2ID Recon Baghdad.jpg|thumb|280px|right|[[イラク]]・[[バグダット]]に展開する[[アメリカ陸軍]][[第2歩兵師団 (アメリカ軍)|第2歩兵師団]]所属歩兵たち<br/>[[ACU迷彩|ACU]]を着用している([[2006年]][[8月]])]]
[[Image:OS CQC2.jpg|thumb|280px|right|[[陸上自衛隊]]と[[州兵|アメリカ合衆国州兵]]との[[CQC]]訓練の様子<br/>着用した迷彩服や装備に、それぞれの運用思想・形態の違いを見る事ができる]]
'''戦闘服'''(せんとうふく、{{lang-en|Battle Dress Uniform '''BDU'''Battledress/ Combat Dress}}、{{lang-de|Kampfanzug}})は、[[戦闘]]時に着する特種のに作られた[[服]]である。
 
[[アメリカ陸軍]]では2014年からACU({{lang-en|Army Combat Uniform}}、陸軍戦闘服)と呼ぶようになった。
 
== 概要 ==
当初、戦闘[[軍]]に平時当初TPO通常勤務服と戦場での戦闘服をよる区別なかった。しかしな平時兵士の作業服や将校略装として通常勤務服は威儀を整えが定められ目的ようになり、やがて通常勤務服強いの戦闘も使われるようになった。しか戦闘服は[[迷彩]]、[[衛生]]等の必要性が強く、必ずしも同一の服装を用いることが適当ではないことが多った。そこで、各国の軍隊(特に[[陸軍]])は、通常勤務服とは別に戦闘服とを分離する服制を採用するようになった。迷彩の戦闘服の場合、季節や状況に合わせて複数の被服を支給しなければならないため、軍にとって費用の負担は重くなる。費用節約の目的のみならず急激な季節変化に対応するために裏表で異なる図柄や色彩を施したリバーシブルの戦闘服を採用する場合もある。
 
現代陸軍の戦闘服では、主に次のような着用品からなっている。
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[[Image:Camouflaged-sniper.jpg|200px|thumb|非常に分かりづらいが、戦闘服に木の葉や枝等を接着した[[ギリースーツ]]などの[[狙撃手]]用特殊戦闘服などもある。]]
 
19世紀までの戦闘はわずかな例外を除き[[白兵戦|接近戦]]であったため、混戦での識別を容易にするため、派手な原色の軍服が主流であった。しかし[[ライフル銃]]の登場をはじめ銃器の性能向上で、戦闘が白兵戦から遠距離の射撃戦に移行すると、原色の軍服は目立ちやすく、[[狙撃]]され易い弊害が生じた。このため19世紀後半から、目立たないアースカラーの戦闘服が提唱された。しかし磨き上げられた胸甲や兜、金モールや肩章で飾り立てられた派手で美しい軍服は、[[騎士道]]の伝統に由来した精神的美意識と密接に結びついていたため、各国の保守的な軍上層部は、泥や枯れ草の色をした軍服を身につけるなど軍人としての名誉を棄損するものであるとして強硬に反発した。このため地味な色の軍服の普及は、19世紀から20世紀初頭にかけての数次の戦役で、目立ち易く派手な軍服の弊害が繰り返し証明されてからのことであった。戦闘服と勤務服が分けられることにより、勤務服は地味な色彩とデザインから、軍人としての名誉を示し、容儀を整える形式に回帰している
 
多くの陸軍の戦闘服の生地は、仮想戦場が森林、平原、密林、砂漠等の地理的条件により目立たない色合が選ばれることが多い。第2次世界大戦頃まで最も多く使用されていた色合いは[[カーキ色]]である。これは、インドの自然条件を背景に[[英印軍|インド駐箚英軍]]で採用され始め、第2次[[ボーア戦争]]頃の1902年に英軍全体で施用されるようになった。これにならって各国にも採用されるようになった。