「ウルピア・マルキアナ」の版間の差分

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| 子女 = [[サロニナ・マティディア]]
| 父親 = [[マルクス・トラヤヌス]]
| 母親 = [[マルキア (トラヤヌスの母)|マルキア]]
| 役職 =
}}
'''ウルピア・マルキアナ'''({{lang|la|'''Ulpia Marciana'''}} [[30年]]/[[48年]] - [[112年]]/[[114年]])は[[ローマ帝国]]の貴族で、第13代皇帝[[トラヤヌス]]の姉。
 
ウルピア・マルキアナは[[元老院 (ローマ)|元老院]]議員[[マルクス・トラヤヌス]]と元老院議員の娘であった[[マルキア (トラヤヌスの母)|マルキア]]との長女として生まれた。弟は後に第13代皇帝となる[[トラヤヌス]]であるが、同じ一族の故郷イタリカで生まれたかは不明である。
 
法務官経験者の元老院議員{{仮リンク|ガイウス・サロニウス・マティディウス・パテルニヌス|en|Gaius Salonius Matidius Patruinus}}と結婚、一人娘となる{{仮リンク|サロニナ・マティディア|en|Salonina Matidia}}を儲けた。78年に夫が病没すると再婚はせず、弟トラヤヌスの庇護の下でマティディアの養育に専念した。トラヤヌスは姉と姪を大切にし、105年には本来は皇帝の妻にのみ与えられるアウグスタ(ローマ皇妃)の称号を皇姉たるマルキアナに与えようとした。マルキアナはこれを拒否したと伝えられるが、トラヤヌスの皇妃{{仮リンク|ポンペイア・プロティナ・クラウディア・フォエベ・ピソ|en|Pompeia Plotina}}は最後には彼女は夫からの名誉を受けたと主張している。
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また彼女の娘サロニナ・マティディアは子供のいなかったトラヤヌスにとっての数少ない肉親であり、トラヤヌス家の血統を後世に伝える役目を果たした。
 
== 家系図 ==
{{ネルウァ・アントニヌス朝系図}}
 
{{DEFAULTSORT:うる まるきあな}}
[[Category:ネルウァ・アントニヌス家]]
[[Category:1世紀の古代ローマ人]]