「柳寛順」の版間の差分

[[1962年]]、[[大韓民国|韓国]]政府がその功績を認めて建国勲章を授与し、独立烈士と呼ばれるようになった。天安市の生家近くには柳寛順烈士記念祠堂が設けられ、西大門刑務所も歴史館として一般公開されている。
 
[[韓国のキリスト教]]の一部会派には、「祖国解放と世界平和のために投獄された柳寛順烈士は、アジアの[[ジャンヌ・ダルク]]。その意義を模範として、韓日両国の友好と韓半島(朝鮮半島)統一の先頭に立つ」との見方より神聖化をはかる{{誰範囲|date=2015年7月20日 (月) 08:37 (UTC)|考え方}}もある。
 
{{要出典範囲|date=2015年7月20日 (月) 08:37 (UTC)|柳寛順については、彼女の英雄性を高めようとするあまり、日本の蛮行を誇張したり、事実に基づかない伝聞がなされる一方、日本による犯罪を薄めるために、こちらも歴史と乖離した貶めるような言い方がされてきた}}。一部の主張には、柳寛順の四肢が切断されて石油缶に詰められたというものもあるが、そのような事実もなかったことが学友の証言で明らかになっている<ref>[http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=24426&servcode=400&sectcode=400 「柳寛順への日本の蛮行、誇張多い」]『中央日報』2002年2月26日</ref>。
匿名利用者