「伊藤唯真」の版間の差分

 
== 人物 ==
[[滋賀県]][[甲賀郡]](現:[[湖南市]])[[石部町]]に生まれる。佛教大学を卒業研究者と古代・中世[[同志社大学日本仏教]]大学院[[学研究科博士課程において化史]]、宗教[[民俗学]]、文化史学を専攻。1981年研究し文学博士(その視点からの念仏教団の展開・浄土宗史研究に新たな面を開拓した。日本民俗会評議員学位請求論文『日本聖仏学会評議員、滋賀県文化財保護審議会委員などにも就いていた。宗内においても、多く研究 : 浄土教への与を連の資料・著作編纂にあたった。息子の伊藤真昭も心として』)世仏教史学者である。実弟には仏教学者で[[中井真孝]]佛教大学名誉教授・元学長がいる。
 
=== 学歴 ===
1961年に佛教大学講師、1966年に文学部史学科助教授、1974年に教授、1985年に文学部長、1989―94年に学長に就いた。1997年より[[京都文教短期大学]]長。[[京都文教大学|京都文教学園]]学園長を兼任した。また地元の浄西寺や善隆寺住職であった(現在は退任)。
* [[1948年]] [[膳所高等学校|旧制滋賀県立膳所中学校]]卒業
* [[1953年]] [[佛教大学]]卒業
* [[1955年]] [[同志社大学]]大学院文学研究科修士課程修了、文学修士。
* [[1958年]] [[同志社大学]]大学院文学研究科博士課程単位満期取得。(専攻は[[民俗学]]、文化史学)
* [[1981年]] [[文学博士]](仏教大学、学位請求論文『日本聖仏教史の研究 : 浄土教への関与を中心として』)
 
=== 住職歴 ===
古代・中世[[日本仏教]][[文化史]]、宗教[[民俗学]]専攻研究し、その視点からの念仏教団の展開・浄土宗史研究に新たな面を開拓した。日本民俗学会評議員、日本宗教学会評議員、滋賀県文化財保護審議会委員などにも就いていた。
* [[1963年]] 浄土宗滋賀教区湖南組浄西寺住職
* [[1981年]] 同甲賀組善隆寺住職
*: [[2006年]][[5月]] 同退任
* [[2007年]] 浄土宗大本山清浄華院法主
* [[2010年]][[10月26日]] 浄土門主(総本山知恩院門跡)
=== 研究歴 ===
* [[1961年]] 佛教大学
*: 同講師
*: [[1966年]] 文学部史学科助教授
*: [[1974年]] 同教授
*: [[1985年]] 同文学部長
*: [[1989年]] - [[1994年]] 同学長
*: [[1997年]] 佛教大学退職、名誉教授
* [[1997年]] [[京都文教短期大学]]長
* [[1999年]] [[京都文教大学|京都文教学園]]学園長(兼任)
 
=== 浄土宗内歴 ===
浄土宗内では教学院理事、教学審議会委員長、浄土宗聖典刊行委員会委員、知恩院文化財保存委員会委員長など歴任し、多くの浄土宗関連の資料・著作編纂にあたった。2002年から[[勧学]]職にある。息子の伊藤真昭も中世仏教史学者である。実弟には仏教学者で[[中井真孝]]佛教大学名誉教授・元学長がいる。
* [[1982年]] 教学院理事
* [[1993年]] 教学審議会委員長
* [[1996年]] 知恩院文化財保存委員会委員長
* [[1997年]] 浄土宗聖典刊行委員会委員
* [[2002年]]- 勧学院 [[勧学]]職
 
== 浄土門主 ==
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