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ゲリラ

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都市ゲリラは、[[1960年代]]に[[ブラジル]]の[[カルロス・マリゲーラ]]が提唱したもので、[[都市]]において[[軍隊]]と[[警察]]に間断なく小襲撃を加えることである。ゲリラはふだんは住民にまぎれ、住民に匿われて潜伏している。都市ゲリラは、活動の開始時こそ世間の耳目を集めたが、小規模で散発的な[[テロリズム]]を超えることはなかった。例外的に成長したのが[[ウルグアイ]]の[[ツパマロス]]であったが、ウルグアイ政府が[[内戦]]状態を宣言するとこれも激しい[[弾圧]]を受けて頓挫し、いずれも名ほどの実を伴わない結果に終わった。[[先進国]]にも都市ゲリラを標榜し実行した組織は多いが、それだけで[[戦争]]の一類型というほどの規模になったものはない。
 
[[キプロス]]独立に際しては、ゲオルギオス・グリバス率いる、「エオカ」と呼ばれる[[ギリシャ]]へのキプロス併合をも求める[[ギリシャ人]][[過激派]]が駐留[イギリス軍|[英軍]]とその家族に対して攻撃を行い、後に[[トルコ]]系住民や独立運動に関心を示さないギリシャ系住民をも標的とした。キプロスは狭小な[[島国]]であり、[[長征]]のように敵の攻撃を避けて「逃げ回れる」土地は存在しない。また、併合運動の精神的・物質的な支えであるギリシャとは[[地中海]]をもって遠く離れており([[トルコ]]の方が近距離)、ギリシャからの効果的で絶え間ない[[軍事]]的支援を受ける事は実質不可能であった。このため、エオカはゲリラ戦というより[[テロリズム]]に近い作戦を実行した。<br/>作戦そのものは成功したが、彼らの本来の目標であるギリシャ併合は達成されなかった。また、独立後、こうした行動がトルコ系住民の反発と怒りを買い、トルコ系住民独自の[[民兵]]組織が結成された。エオカの後身(「エオカB」と呼ばれる)とトルコ系民兵組織は激しく衝突し、[[1974年]]にはトルコの軍事介入(こちらはキプロスと短距離である事を活かしての正規軍主体の[[上陸戦]]となった)とキプロス北部の占領によってトルコ系住民だけの国家「[[北キプロス・トルコ共和国]]」が建国され、キプロスは'''[[分断国家]]'''、という「[[副作用]]」に苦しめられる事になった。
 
== 国際法上の位置づけ ==
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