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'''高安月郊'''(たかやす げっこう、明治2年([[1869年]])[[2月16日]]―[[1944年]][[2月26日]])は、劇作家、詩人。
 
大阪の六代続いた医師の家に生まれた。本名・三郎。医学を修めるために上京したが文学に転じ、1896年チョボ([[竹本]])、[[合方]]を全廃した戯曲『重盛』を刊行。以後歴史物戯曲に取組み、1902年[[福井茂兵衛]]らと京都演劇改良会を興し、[[シェークスピア]]の『リア王』の翻案『闇と光』を上演、1903年に[[川上音二]]ら[[新派]]によって出世作『江戸城明渡』が上演された。以後、東京と大阪を拠点に活動したが、昭和期に入ってからは劇作の筆を折り、文芸史などを執筆した。
 
女婿に[[弘田龍太郎]]、甥に[[高安国世]]がいる。<ref>『近代文学研究叢書』『日本近代文学大辞典』([[秋庭太郎]]の執筆)</ref>