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[[新潟県]][[村上市|村上]]出身。1930年(昭和5年)[[陸軍士官学校 (日本)|陸士]](第42期)卒、1939年(昭和14年)[[陸軍大学校|陸大]]卒。
 
1940年(昭和15年)[[関東軍]]参謀、1943年(昭和18年)1月[[陸軍省]][[軍務局]]軍事課課員、同年11月陸大教官兼任。1944年(昭和19年)3月陸軍中佐となり、1945年(昭和20年)3月[[大本営]]参謀。8月の[[ポツダム宣言]]受諾の際、[[阿南惟幾]]陸相名で出された「全軍将兵に告ぐ」の執筆者。戦後、[[ビルマ]]国家元首[[バ・モオ]]を隠したとして戦犯に問われたが釈放された。1955年(昭和30年)防衛庁に勤務、1957年(昭和32年)戦史室編纂官となり、「[[真田穣一郎]]日誌」「[[太平洋戦争]]への道」、現代史資料叢書の「[[満州事変]]」「[[日中戦争]]」の7冊、「[[宇垣一成]]日記」「[[杉山メモ]]」など貴重な文書の収集、戦史室所蔵文書の公刊に努めた。
 
==編著==