「キプリアヌス」の版間の差分

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また教会の基礎は[[司教]]([[主教]])にあり、全ての教会の司教が「一つの司教職(主教職)({{lang-la|episcopatus unus}})」に属していることが教会の一致と公同性を保証するとした<ref name="dai260" />。分派・異端による[[洗礼]]は教会の祝福から外れているとした<ref name="ACC" />。
 
教会における[[監督制]]を否定する立場から、キプリアヌスが教会政治に変革を行い監督制を創始したとされる主張があるが、当時激しい迫害下(3世紀前半)にあって、[[致命者|致命]]([[殉教]])したキプリアヌスも同調者たちも不当な権力を求めるようなタイプの人間ではなかったこと(そもそも迫害下で不当な権力を求めることも不可能)、および、当時起こっていた異端とされるグループは主流派教会内で教えに背くようなことがもし行われれば格好の攻撃対象としていたはずであるが、そうした形跡はみられないことを指摘して、聖職者制度の起源をキプリアヌスの主張に帰す見解を正教会は否定する<ref>著: エピファノヴィチ、訳: 上田将『[http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/{{NDLDC|825063/1}} 比較神学(近代デジタルライブラリー)]』87頁 - 88頁、正教会編集局 明治23年8月</ref>。
 
なお、[[ローマ教皇]]をペテロの後継とする[[カトリック教会|ローマ・カトリック]]の[[教皇首位説]]に対し、[[正教会]]側は、全ての[[主教]]は自分の教会および他の全ての教会においてペテロの座にあるとするキプリアヌスの考えを引用し、教皇首位説への反駁とすることがある<ref>[[オリヴィエ・クレマン]]著、冷牟田修二・白石治朗訳、『東方正教会』106頁 - 107頁(クセジュ文庫)[[白水社]]、1977年。ISBN 978-4-560-05607-3 (4-560-05607-2)</ref>。