「田中清玄」の版間の差分

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*「[[後藤田正晴]]にはとくに魅力を感じないが、応援演説ではアジアに関心があるかぎりは応援する」
*「日本はあと50年アメリカと組んでいくなどと言っている[[小沢一郎]]のような考え方と正面から対決していくべきだ」
*「[[靖国神社]]に政治家が大挙して参拝するのはとんでもないことだ。まして天皇陛下の参拝を要請するなんてのは愚の骨頂だ」(敗戦直後に、数珠を持って靖国神社に礼拝しようとした清玄に、神官が数珠は認められないと強要。清玄は一喝、二度と靖国へは行かなかったという。ただし靖国神社は[[官軍]]の戦没者を祀る神社であり、幕末に[[孝明天皇]]に忠誠を尽くし、[[恩賜]]の[[陣羽織]]や[[宸翰]]まで下賜されながらも<ref name="katamori">綱淵謙錠著 『松平容保のすべて』 1984年11月 新人物往来社刊 ISBN 978-4-404-01245-6</ref>、[[薩摩藩]]、[[長州藩]]を中心とした新政府によって[[朝敵]]とされてしまった[[会津藩]]にとっては複雑な心境を抱かせる祭礼所でもある。)
 
== 家族・親族 ==