「デニス・ウィルソン」の版間の差分

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1969年に[[シャロン・テート]]殺害事件が起こるが、当時デニスは[[チャールズ・マンソン]]の後見人であった。『[[20/20]]』に収録された「ネヴァー・ラーン・ノット・トゥ・ラヴ」はマンソンの曲をリメイクした物であったが、この一件でマンソンはデニスに対し報復を示唆した。このエピソードはデニスの余生に大きな影響を与えた。
 
1970年、[[モンテ・ヘルマン]]監督の[[ロード・ムービー]]『[[断絶(TWO-LANE BLACKTOP(映画)|断絶]]』のオーディションに[[ジェームス・テイラー]]と共に合格、主役格のメカニック役で出演した。しかし、彼らをミュージシャンという先入観を持って見られるのを嫌った監督の意向で、当時音楽的に絶頂にあった二人の楽曲は採用されず、難解な内容であった映画も興行的に振るわなかったため、デニスはその後、俳優としてのキャリアを追求することはなかった。
 
1972年、酔った勢いでガラスに突っ込み、手に大怪我を負い、ドラムが叩けなくなってしまう。このことが要因で、バンドは[[リッキー・ファター]]をドラマーとして加入させる。デニスはリッキーが脱退する1974年まで、キーボード担当としてステージに立っていた。
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