「草壁皇子」の版間の差分

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'''草壁皇子'''(くさかべのみこ(おうじ)、[[天智天皇]]元年([[662年]]) - [[持統天皇]]3年[[4月13日 (旧暦)|4月13日]]([[689年]][[5月7日]])は、[[飛鳥時代]]の皇族。[[天武天皇]]と[[皇后]]・鸕野讃良皇女(後の[[持統天皇]])の皇子。妃は[[天智天皇]]の皇女で持統天皇の異母妹である阿陪皇女(後の[[元明天皇]])。[[元正天皇]]・[[吉備内親王]]・[[文武天皇]]の父。諡号は'''岡宮御宇天皇'''(おかのみやにあめのしたしろしめししすめらみこと、おかのみやぎょうてんのう)。'''岡宮天皇'''、'''長岡天皇'''とも称される。
[[画像:Emperor family tree38-50.png|thumb|200px|天皇系図38~50代]]