「三国志 (吉川英治)」の版間の差分

なお『演義』は全120回で、[[魏 (三国)|魏]]・[[呉 (三国)|呉]]・[[蜀]]三国が晋に統一されるまでを描くが、諸葛孔明を後半最大の主人公と位置づけた吉川は、孔明の死(第104回)以後の物語は甚だ興趣に劣るために省略し、後書きともいえる篇外余録でわずかにあらすじをなぞるのみとしている。
 
[[張コウ|張&#x90c3;]]が作品中3度も戦死していたり、[[士孫瑞]]の名を誤って「孫瑞」、[[路招|路昭]]を「露昭」と表記するなどの間違いも散見される。また[[夏侯惇]]の読み仮名は「かこうじゅん」と[[呉音]]で振られているが<ref>「惇」は[[漢音]]がトンで呉音がジュン。通常、中国の人名は仏教関係者をのぞき呉音で読まれることは少ないが、『演義』の伝播の経緯もあって、よりなじみのある「淳」の字にも引きずられ、江戸時代以降の『演義』では「ジュン」で読むものが多かった。</ref>、これは当時までの演義作品でも「じゅん」と読まれていた名残である。
 
[[尾崎秀樹]]は「吉川『三国志』はあらたな日本版の『演義』でもある」と評している<ref>雑喉2002、141頁。</ref>。
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