「長髄彦」の版間の差分

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== 神話での内容 ==
登美夜毘売(トミヤヒメ)、あるいは[[ミカシキヤヒメ|三炊屋媛]](ミカシキヤヒメ)ともいう自らの妹を、天の磐舟で、斑鳩の峰白庭山に降臨した[[ニギハヤヒ|饒速日命]](ニギハヤヒノミコト)の妻とし、仕えるようになる。
<!-- この{{要出典範囲|子孫が[[聖徳太子]]と共に[[物部守屋]]を討った[[迹見赤檮]](トミノイチイ)だとされている|date=2010年1月}}。-->中世、戦国の武将山形のとして台頭した[[織田家]](後に[[織田信長]]を輩出)や仙台の[[伊達家]]が長髄彦の子孫であると言われている{{要出典|date=2015年10月}}
[[神武天皇]]が浪速国青雲の[[白肩津]]に到着したのち、孔舎衛坂(くさえのさか)で迎え撃ち、このときの戦いで天皇の兄の[[五瀬命]]は矢に当たって負傷し、後に死亡している。
 
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