「日本のダムの歴史」の版間の差分

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こうした災害に対して、批判の渦中にあったダムが災害防止に威力を発揮した例がある。[[福井県]]の[[九頭竜川]]水系[[真名川]]に建設された[[真名川ダム]]は、福井豪雨の際に[[洪水調節]]能力を発揮して真名川流域の浸水被害をほぼ皆無に抑えた。甚大な被害を受けた足羽川流域と同程度の豪雨が降ったにも関わらず対照的な結果を出し、建設が凍結されていた[[足羽川ダム]](部子川)の建設が[[福井市]]など流域自治体の要望により再開された<ref>[http://www.kkr.mlit.go.jp/kuzuryu/ 国土交通省近畿地方整備局九頭竜川ダム統合管理事務所『平成16年7月福井豪雨におけるダムの治水効果』]2015年8月25日閲覧</ref><ref>[http://www.kkr.mlit.go.jp/asuwa/about/index05.php 国土交通省近畿地方整備局足羽川ダム工事事務所『事業の経緯』]2015年8月25日閲覧</ref>。台風23号では[[由良川]]の洪水で孤立した[[観光バス]]の乗客を救うため[[大野ダム (京都府)|大野ダム]](由良川)が際どい状況下で[[放流 (ダム)|放流]]を調節し乗客の命を救った<ref>[http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranA/All.cgi?db4=1402 『ダム便覧』大野ダム]2015年8月25日閲覧</ref>。平成18年7月豪雨では[[長野県]]を流れる[[犀川 (長野県)|犀川]]の氾濫を防ぐため国土交通省の[[大町ダム]]([[高瀬川 (長野県)|高瀬川]])に加えて、[[東京電力]]の[[奈川渡ダム|奈川渡]]・[[水殿ダム|水殿]]・[[稲核ダム|稲核]](犀川)および[[高瀬ダム|高瀬]]・[[七倉ダム|七倉]](高瀬川)の発電用5ダムが連携して洪水を貯留し犀川の氾濫を防いだ<ref name="omachi">[http://www.hrr.mlit.go.jp/chikuma/jimusho/dam/damsaihen.pdf 国土交通省北陸地方整備局『大町ダム等再編事業』]2015年8月25日閲覧</ref>。他方記録的な豪雨により治水計画で定めた[[治水|計画高水流量]]を大幅に超過する洪水が発生し、[[ただし書き操作]]による放流も増加して下流の洪水を完全に抑制出来なかった例もある。[[鶴田ダム]](川内川)は九州最大の多目的ダムであるが平成18年7月豪雨は川内川上流に平均1,000ミリという未曽有の豪雨を降らせ、ダムは可能な限り洪水を貯留したが計画を大幅に超過する洪水によりただし書き操作を余儀なくされ、結果的に下流の浸水被害を完全には防止できなかった。ダムの治水機能強化を求める流域住民からの要望が強く出たことから、国土交通省は住民との意見交換会を経て治水能力の強化を図る[[鶴田ダム#再開発|鶴田ダム再開発事業]]を[[2007年]](平成19年)より実施している<ref>[http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranA/All.cgi?db4=3597 『ダム便覧』鶴田ダム(再)]2015年8月25日閲覧</ref><ref>[http://www.qsr.mlit.go.jp/turuta/d4_kouzuikentou/index.html 国土交通省九州地方整備局鶴田ダム管理所『洪水調節に関する検討会』]2015年8月25日閲覧</ref>。また[[新宮川]](熊野川)水系では2011年の台風12号による被害を受け[[池原ダム]]([[北山川]])や[[風屋ダム]](熊野川)など発電用ダムの洪水時運用改善要求が流域自治体で高まったため、「熊野川の総合的な治水対策協議会」を設置しダムの運用改善などを検討している<ref>[http://www.kkr.mlit.go.jp/river/kyougikai/toppage.htm 国土交通省近畿地方整備局『熊野川の総合的な治水対策協議会』]2015年8月25日閲覧</ref>。
 
2000年代はこのように大きな水害が相次いだが、治水事業が未発達だった1950年代に比べ人的被害は少なくなっている。例えば死者・行方不明者1,001名を数えた[[昭和28年西日本水害]]と同程度の降水量だった平成24年7月九州北部豪雨<ref name="kishocho2"/>は西日本水害を教訓とした[[筑後川]]・[[矢部川]]などの治水整備により堤防決壊は生じても人的・浸水被害は軽減されており、矢部川では[[日向神ダム]]のある矢部川本流上流部より[[星野川]]・笠原川といったダムのない河川が合流した後の被害が大きい<ref>[http://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/life/169701_51071010_misc.pdf 福岡県『平成24年7月九州北部豪雨等災害箇所図』]2015年8月25日閲覧</ref>。また[[利根川]]や[[北上川]]では上流ダム群を始めとする治水事業整備により多数の人的被害や複数県にまたがる広範囲の浸水被害を伴う水害は[[カスリーン台風|カスリーン]]・[[アイオン台風]]以降発生していない。ダム事業の有効性が再認識されることで事業に対する批判一辺倒の動きも徐々に修正された。「脱ダム」宣言を発表した田中康夫は平成18年7月豪雨直後の知事選で県政を巡り対立していた反田中派から治水対策の不備を追及され落選、後任の[[村井仁]]長野県知事は「脱ダム」宣言を撤回して浅川ダムなどの事業を再開した<ref>[http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranA/All.cgi?db4=1036 『ダム便覧』浅川ダム]2015年8月25日閲覧</ref>。またダム反対派が代替対策として主張した[[森林]]の保水力を高めることで治水を行う「[[緑のダム]]」については[[2001年]](平成13年)に[[日本学術会議]]が答申した『地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について』で森林涵養の有効性は認めつつも、いわゆる「緑のダム」として豪雨災害を緩和する機能には限界があると指摘しており<ref>[http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/shimon-18-1.pdf 日本学術会議『地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について(答申)』pp.91-93]2015年8月25日閲覧</ref>、[[2003年]](平成15年)の[[平成15年台風第10号|台風10号]](日高豪雨)における[[沙流川]]源流[[原生林]]の流失と[[二風谷ダム]](沙流川)の流木捕捉による被害軽減、[[2013年]](平成25年)の[[平成25年台風第26号|台風26号]]による[[伊豆大島]]土砂災害・[[2014年]](平成26年)の集中豪雨による[[広島土砂災害]]などの[[土砂災害]]がそれを証明している<ref>[http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranB/TPage.cgi?id=40 『ダム便覧』洪水軽減に役立った二風谷ダム]2015年8月25日閲覧</ref>。
 
一方、2000年代は[[地震]]によるダムの被害が多い時期でもあった。2004年に発生した[[新潟県中越地震]]では震源地に近い[[妙見堰]](信濃川)の門柱や管理所建屋に被害が生じ<ref>[http://www.hrr.mlit.go.jp/shinano/eq01/pdf/1706.pdf 国土交通省北陸地方整備局信濃川河川事務所『新潟県中越地震における信濃川河川事務所管内の被害状況と復旧方針』]2015年8月25日閲覧</ref>、[[2008年]](平成20年)に発生した[[岩手・宮城内陸地震]]では[[宮城県]]の[[荒砥沢ダム]]([[二迫川]])の貯水池である藍染湖で大規模な山崩れが発生し大量の土砂が流入<ref>[http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranA/All.cgi?db4=0309 『ダム便覧』荒砥沢ダム]2015年8月25日閲覧</ref>したほか[[石淵ダム]]([[胆沢川]])では遮水壁が損傷した<ref>[http://www.thr.mlit.go.jp/bumon/b00097/k00360/happyoukai/H21/ronbun/1-3.pdf 『2008年岩手・宮城内陸地震によるダムの被害調査報告』PDF]2015年8月25日閲覧</ref>。そして未曽有の被害を東日本にもたらした2011年の[[東日本大震災]]では、[[福島県]]の[[藤沼ダム]](江花川)が地震により決壊して8名が死亡<ref>[http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranA/All.cgi?db4=0483 『ダム便覧』藤沼ダム(元)]2015年8月25日閲覧</ref>し1953年の[[大正池 (井手町)|大正池]]決壊事故以来のダム決壊事故となった。また沿岸を襲った大津波が河川を遡上したことで[[北上大堰]](北上川)などが津波の被害を受けている<ref>[http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/kakouzeki_suimon/arikata/arikata110930.pdf 東北地方太平洋沖地震を踏まえた河口堰・水門等技術検討委員会『東日本大震災を踏まえた堰・水門等の設計、操作のあり方について』2011年]2015年8月25日閲覧</ref>。ただし[[重力式コンクリートダム]]については[[1995年]](平成7年)の[[阪神・淡路大震災]]の激震を耐え抜いた[[布引五本松ダム]]([[生田川]])のように地震による致命的な被害は報告されておらず、[[関東大震災]]を教訓に[[1925年]](大正14年)に[[物部長穂]]が『貯水用重力堰堤の特性並びに其の合理的設計方法』という論文で発表した重力ダムの耐震理論が活かされている<ref>『湖水を拓く』pp.102-103</ref><ref>[http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranA/All.cgi?db4=3330 『ダム便覧』布引五本松ダム(再)]2015年8月25日閲覧</ref>。
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さらにダム単体だけでなくダム湖など周辺地域を一体化して[[レクリェーション]]に活用する動きも見られた。[[宮城県]]の[[釜房ダム]](碁石川)ではダム周辺整備事業の一環で開設された釜房湖畔公園が[[1989年]](平成元年)に[[東北地方]]初の[[国営公園]]・[[国営みちのく杜の湖畔公園]]として開園した<ref>[http://www.thr.mlit.go.jp/m-park/office/enkaku/index.html みちのく公園『沿革』]2015年8月27日閲覧</ref>。他にも[[御所ダム]]([[雫石川]])にある岩手県立御所湖広域公園<ref>[http://www.koiwai.co.jp/shiteikanri/gosyo_park/ 岩手県立御所湖広域公園]2015年8月27日閲覧</ref>、[[一庫ダム]]([[一庫大路次川]])にある[[兵庫県立一庫公園]]<ref>[http://www.hyogo-park.or.jp/hitokura/contents/about/index.html 兵庫県立一庫公園『一庫公園とは?』]2015年8月27日閲覧</ref>などダム湖周辺を広域公園として整備し地域の重要なレクリェーション施設として活用されている。スポーツでダムを利用する傾向は[[1964年]](昭和39年)の[[前東京オリンピック|東京オリンピック]]における[[カヌー競技]]の会場となった[[相模ダム]]([[相模川]])を皮切りに[[国民体育大会]]や[[インターハイ]]などでカヌー競技の会場にダム湖が利用され<ref>[http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranA/All.cgi?db4=0697 『ダム便覧』相模ダム]2015年8月27日閲覧</ref>、[[ツーリング]]、[[マラソン]]などの[[陸上競技]]も行われている<ref>[http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranA/DonnaKWKItiran.cgi?kw=58 『ダム便覧』どんなダムキーワード検索:マラソン・ジョギング]2015年8月27日閲覧</ref>。兵庫県の石井ダム(烏原川)と宮城県の[[長沼ダム]](長沼川)は、レクリェーション自体がダムの目的になっている<ref>[http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranA/TableAllItiran.cgi?zi=iti&m2=R&jy=kana 『ダム便覧』目的別一覧表(レクリェーションを含む)]2015年8月27日閲覧</ref>。釣りに関しても[[ヘラブナ]]を始め様々な魚類を対象に多くのダム湖で盛んに行われているが、[[ブラックバス]]や[[ブルーギル]]といった[[特定外来生物]]については生態系保護の観点から[[漁業法]]や[[特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律]](外来生物法)に基づき[[キャッチアンドリリース]]は禁止されている。ただし池原ダムのように観光資源として活用しているダムもある<ref>[http://www.pref.niigata.lg.jp/naisuimen/1200934833646.html 新潟県『ブラックバス(オオクチバス・コクチバス等)とブルーギルのリリースは禁止』]2015年8月27日閲覧</ref><ref>[http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranA/All.cgi?db4=1565 『ダム便覧』池原ダム]2015年8月27日閲覧</ref>。
 
こうした官民一体の施策により、レジャーが多様化する中でダムやダム湖を利用する観光客が増加した。黒部ダムは年間100万人を超える観光客が毎年訪れているが<ref>[http://www.kurobe-dam.com/whatis/index.html 黒部ダムオフィシャルサイト『黒部ダムを知る』]2015年8月27日閲覧</ref>、国土交通省や水資源機構が管理するダムでも観光客が増加した。[[1991年]](平成3年)より定期的に実施されている河川水辺の国勢調査の最新版である2009年度の調査結果で、国土交通省・水資源機構管理の109ダムにおける利用者数が最も多かったのは[[神奈川県]]の'''[[宮ヶ瀬ダム]]'''([[中津川 (相模川水系)|中津川]])である。2000年に完成した宮ヶ瀬ダムは首都圏から50キロメートル圏内にある都市型ダムであり交通の便が良いほか、[[神奈川県立あいかわ公園]]の整備など水特法に基づく周辺整備が計画的に実施された。こうした施策が実を結び2009年度の利用者数は延べ約'''132万7,000人'''と日本一になった<ref name="kokusei"/><ref>[http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranA/All.cgi?db4=0703 『ダム便覧』宮ヶ瀬ダム]2015年8月27日閲覧</ref>。また工事中のダムでも展望台の設置など積極的に開放したことで[[津軽ダム]]([[岩木川]])のように年間約5万人の訪問客が訪れたほか<ref>[http://www.thr.mlit.go.jp/tugaru/information/kengaku_reserve.html 国土交通省東北地方整備局津軽ダム工事事務所『見学のお申込み』]2015年8月27日閲覧</ref>、本来ダム管理業務として洪水調節の点検目的で実施される[[放流 (ダム)|点検(試験)放流も]]観光の一環としてホームページで周知され、[[矢木沢ダム]](利根川)・[[奈良俣ダム]]([[楢俣川]])のようにダムから4キロ手前まで駐車の列が並ぶほどの盛況となった<ref>[http://www.water.go.jp/kanto/numata/02_news/osirase/pdf/150420.tenkenhouryuu.pdf 独立行政法人水資源機構沼田総合管理所『矢木沢ダム・奈良俣ダム点検放流』]2015年8月27日閲覧</ref>。一方で利用者数の少ないダムもまだ多く、今後の課題となっている。
 
観光資源としてだけでなく、貴重な土木遺産としてもダムは注目された。日本初の[[コンクリートダム]]・布引五本松ダムや日本最大の[[バットレスダム]]・[[丸沼ダム]](大滝川)、日本唯一の五連[[マルチプルアーチダム]]・[[豊稔池ダム]](柞田川)など国の[[重要文化財]]に指定されたダムや[[小牧ダム]]・[[庄川合口ダム]]([[庄川]])、塚原ダム([[耳川]])など国の[[登録有形文化財]]に登録されたダムのほか、[[明治時代]]・[[大正時代]]に建設された多くのダムが[[土木学会選奨土木遺産]]に認定されている<ref>[http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranA/DonnaKWKItiran.cgi?kw=52 『ダム便覧』どんなダムキーワード検索:遺産・文化財]2015年8月27日閲覧</ref>。