「昭武九姓」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
m編集の要約なし
11行目:
彼らの祖先は[[月氏]]で、元々は祁連山昭武城(今の中国[[甘粛省]][[張掖市]][[臨沢県]])に住んでいた。
 
[[紀元前2世紀]]に[[匈奴]]に駆逐された月氏は、いったん[[サカ#塞について|塞族]]を駆逐して[[イシク湖]]周辺に拠ったが、まもなく[[烏孫]]に追い出されて[[ソグディアナ]]に移った。康国をはじめ、小さな国々に分かれたが、その王はいずれも故地を忘れないよう「昭武」の姓を名乗った。昭武九国は[[南北朝時代 (中国)|南北朝時代]]の頃に<span lang=zh-cn>懨噠</span>([[エフタル]])の支配下となり、[[隋]]の頃には[[西突厥]]に属した。[[唐]]代には唐に属し、[[永徽]]年間([[650年]] - [[655年]])に[[康居都督府]]が設けられ、[[安西都護]]の管轄下となった。
 
昭武九姓の人民([[ソグド人]])は商売に長け、早くから中国と交易を行っており、唐代に最盛期を迎えた。中でも康国と石国が盛んであった。